『ニモーナ』が稀有な成功作となった理由 作品に投影された“切実さ”と突出した“文学性”
CGアニメーションを中心に、大作映画を次々に送り出しているアメリカの大手アニメーションスタジオ群。これまでその一角を担っていたのが、『アイス・エイジ』シリーズで知られる、20世紀フォックス(現「21世紀フォックス」)のアニメーション部門として20年近くの歴史を築いてきた「ブルースカイ・スタジオ」だ。
だが、2019年におこなわれたディズニー社による21世紀フォックス買収劇の後、2021年にこのスタジオの閉鎖が発表されるというショッキングな事態となった。新型コロナウイルス感染症のパンデミック問題により、劇場公開の断念を余儀なくされるタイトルが多かった状況下において、すでに大規模なスタジオを二つ有しているディズニーとしては、これ以上同様のスタジオを保有する意義を感じなかったということだろう。
その影響を最も受けてしまったのが、そのときスタジオ内で進行中だった企画『ニモーナ』だった。同スタジオで『スパイ in デンジャー』(2019年)を手掛けたニック・ブルーノ、トロイ・クエインが監督した本作は、7割ほど完成していた状態でストップがかかってしまったのだという。そんな作品を拾い上げたのが、多くのコンテンツを欲していたNetflixと、新たにアニメーション部門を立ち上げた「アンナプルナ ピクチャーズ」だったというわけだ。
このような経緯で、やっとのこと作品の完成にまでこぎつけた『ニモーナ』は、その不遇な事情にもかかわらず、配信されるや観客(視聴者)からも批評家からも、非常に高い評価を得ることとなった。こんなことが起き得るのが、映画の面白さといえるだろう。ここでは、稀有な成功作となった『ニモーナ』の何が観る者の心をとらえることになったのか、そしてそこで真に描かれたものが何だったのかを考えていきたい。
物語の舞台となっているのは、SF的な未来のテクノロジーが発達しながら、中世ヨーロッパのような封建制と騎士道がいまだに残っている王国。バリスター・ボールドハート(声・リズ・アーメッド)は、そんな階級社会において、庶民ながら初めて、栄えある騎士団への入団を果たそうとしていた。
架空の王国ではあるものの、ここで描かれているのは現代社会の投影でもあるだろう。この舞台に最も類似していると思われるのは、イギリスである。イギリスでは、いまだに社会構造に階級が存在し、中世の時代の名残である「ナイト(騎士)」の称号も現存している。
バリスターは作中で孤児だと説明されるとともに、声を演じているリズ・アーメッドがパキスタン系のイギリス人であるのと同様、イギリスにおけるイスラム圏からの移民の子孫のように見える。権威主義や家柄を重視する価値観が根強い環境で栄誉を手にする彼のような存在は、移民や多様な人種にとっての希望になるはずだ。一方、騎士団の他の騎士たちや保守的な人々からは偏見の目で見られ、彼の入団は物議を醸してもいた。
そんななか、輝かしい入団の式典に出席したバリスターは、ある陰謀に巻き込まれることになる。彼は凶悪事件の濡れ衣を着せられたうえ犯罪者として扱われ、国で最も憎まれる存在となってしまうのだ。そこでただ一人、バリスターを助けようとするのは、自身も“嫌われ者”を自認する謎の存在、ニモーナ(声・クロエ・グレース・モレッツ)だった。
ニモーナは一見、若いパンク少女のような見た目だが、いろいろな生物に身体を変える能力を持っている超常的な生物だ。ひと目その変身能力を見た人間は、「モンスター」として恐れ、怨嗟の対象にさえする。この王国ではモンスターを討伐することが正義であり、そこで騎士が尊敬されているのも、邪悪な存在だと考えられるモンスターに対抗する技を磨いているからだった。
バリスターもまた、モンスターを倒すことを夢見て育ってきた。しかし彼がニモーナと接すると、落ち着きのなさや飽くなき反抗精神に戸惑いつつも、その裏の憎めない性格や純粋な精神に触れ、次第に長年の相棒のような感情が芽生えてくるのだった。そしてバリスターの無実を晴らすための闘争は本質的に、身勝手な考えで異質なものを排除し、居場所を奪おうとする考えとの戦いだったという構図が明らかになっていく。