綾野剛は特別な器を持った映画俳優だ 『最後まで行く』に刻まれた表情のパフォーマンス

綾野剛は特別な器を持った映画俳優だ 

 俳優の演技を目にして涙を流してしまうことが、ごくごくまれにある。もちろん、特定のキャラクターを演じる俳優が胸に刺さるセリフを口にしたり、壮絶な状況下に身を投じていく姿を前にして落涙を禁じ得ないことは多々ある。つまりここで私がいう“俳優の演技を目にして涙を流してしまう”とは、演技表現=パフォーマンスそのものに対してだ。5月19日より公開中の映画『最後まで行く』に刻まれている綾野剛の演技は、まさにこれなのである。

 数多くの作品で主演を務めてきた綾野だが、彼こそ「性格俳優」なのではないかと事あるごとに思ってきた。たしかに彼は、真の意味で作品の看板を背負うことのできる数少ない俳優の一人だろう。映画だけに絞ってみても、心に深い傷を抱える青年を演じた『そこのみにて光輝く』(2014年)、悪徳刑事の内面をダイナミックに表現した『日本で一番悪い奴ら』(2016年)、“堕ちた剣士”に扮した『武曲 MUKOKU』(2017年)、幼女誘拐事件の容疑者を演じた『楽園』(2019年)、裏社会に生きる男の20年の時を体現した『ヤクザと家族 The Family』(2021年)などで主演を務めてきた。挑んだ作品ジャンルもキャラクターも多岐にわたる。どのような作風の、どのようなテーマの作品であっても、彼はその中心に立ってきた。そういう特別な器を持った俳優なのだ。

 一つひとつの役にしっかりフォーカスしてみると、いずれも一筋縄ではいかないキャラクターたちであるのが分かる(むろん、どんな役であれ人間は誰しも複雑で一筋縄ではいかないものだが)。主役としての“特別な器”を持っていたとしても、場合によって彼らは溢れ出してきたり、ほんの小さなひび割れを見つけて漏れ出てくるかもしれない。そしてそれは観客である私たちに必ずバレる。その瞬間、俳優の演技によって成立していたキャラクターはたちまちリアリティを失い崩壊する。いくら彼らがフィクションの世界の住人であったとしても、やはり生きていることには変わりないのだから。

 「性格俳優」とは一般的に、個性的なキャラクターを巧みに演じてみせる俳優のこと。こういった役は、主役よりも脇役にまわってくることの方が多い。もちろん、綾野の主演作でいえば、『パンク侍、斬られて候』(2018年)や『MIU404』(TBS系)や『アバランチ』(カンテレ・フジテレビ系)のような例外もある。いずれも主人公が飛び抜けて個性的である。だが今作『最後まで行く』の主演は岡田准一であり、綾野は主人公の宿敵として脇にまわっている。演じるのは、主人公である刑事を執念で追いつめる監察官。最初こそ心の内が読めないが、やがてその真意が明らかになってくる。やることなすことが冷酷非道。「性格俳優」の腕の見せどころである。

『アバランチ』はドラマの可能性を拡張 綾野剛演じる羽生は何を守ろうとしたのか?

この記事を読んでいる方は、すでに『アバランチ』(カンテレ・フジテレビ系)最終話をご覧になっているという前提で書くので、まだ観てい…

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる