『非常宣言』は分断された現代社会を映し出す 対比的な“空”と“地上”のアクションシーン

『非常宣言』は分断された現代社会を映し出す

内と外をバランス良く描く

 『非常宣言』は、バイオテロを描いた航空パニック映画である。飛行機の中に感染力、致死率の高い危険なウイルスが人為的に持ち込まれる。そこに乗りあわせるのは、イ・ビョンホン演じる元航空機パイロットだ。彼は娘と一緒に、インチョン空港からホノルル行きの飛行機に乗っている。

 キャビン、パイロットルーム、カーテンで仕切られたCAの作業部屋など、別々の物語が進行する。飛行機事故やハイジャックを描く航空パニック映画は、“グランドホテル”と呼ばれる映画の形式の一形態とも言うことができ、他の乗り物にはない、飛行機を舞台にすることで生じるサスペンスの要素がある。飛行機は、燃料が切れたら墜落する。また、事故が起きたときの生存率は低い。そして、操縦は誰でもできるものではない。パイロットが万が一亡くなった場合、密閉された空間に閉じ込められた“運命共同体”は途端に風前の灯火のような状態に置かれるのだ。航空機では、密室ゆえの展開を描くこともできる。

 『非常宣言』のもう1人の主役は、地上で這いずり回るソン・ガンホ演じる刑事である。ソウルの高層住宅の一室でウイルスによる感染死体が発見され、捜査線上に航空機テロの犯人が浮かぶ。刑事が追うのは、この犯人の動機である。犯人は、自らの感染、発症を覚悟した上でテロを実行している。なぜ命を賭してテロを引き起こしたのか。刑事は、手がかりを得るために、犯人が勤めていた大手バイオテクノロジー企業を訪ねるが、会社内への立ち入りすら拒絶される。

セウォル号の事故とメディア状況

 乗り物の中では、乗客の分断が描かれる。これは韓国映画で幾度も描かれてきたものでもある。『新感染 ファイナル・エクスプレス』『スノーピアサー』は、鉄道が舞台。乗客は前方と後方の車両に分かれ、反目する。これら分断された乗り物には、朝鮮半島の縮図という構図も浮かんでくる。

 『非常宣言』でも感染症状の有無によって、飛行機の前方座席、後部座席で人々が分かれる事態が描かれる。それだけではない。飛行機の内と外の分断も描かれる。ウイルスに感染した乗客たちを乗せた航空機の受け入れを各国が拒否。また、韓国の国内世論も飛行機の着陸を阻止する流れが生まれる。機内と外部、さらには韓国と米日、また韓国の国内世論と、あらゆる対立の構図を本作は描いている。

 航空会社のオフィスロビーに乗客のリストが張り出される場面がある。家族の名を探す人々が一刻も早く機内にいる家族の無事の声を聞こうと携帯電話を手にしている。ロビーの隅ではテレビが航空機で起きたテロ事件の状況を伝えている。2014年に韓国で起きた、船の転覆事故、セウォル号の事故が浮かぶ場面だ。当時、傾いたセウォル号を上空のヘリのカメラがリアルタイムで捉え、テレビがそれを報じ続けた。

 この事故を韓国の作家、キム・エランは、こう記している。

 今年四月、セウォル号が沈むのを全国民が見た。「聞いた」のでも「読んだ」のでもなく、座って、あるいは立って、リアルタイムで「見た」。朝のニュースで見て、夕方のニュースで見て、インターネットのニュースで見た。結局、「一名」も救助できないのを
(新泉社『目の眩んだ者たちの国家』矢島暁子訳)

 この事件は、韓国社会に教訓を残す。誰もが事故の目撃者になったが、多くの乗客を救うことは叶わなかった。映画にも似た状況が描かれる。テレビのニュース映像がテロ事件の状況や飛行機内の様子をリアルタイムに伝えている。乗客と家族は、時折Wi-Fiが弱い場合もあるが、スマホでやりとりを続けている(セウォル号でも同じだった)。乗客たちは、状況が刻々と変化していることを家族とのやりとりを通して知り、さらなる絶望の淵に追い込まれていく。

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