『ロッキー』と重なる『雄獅少年/ライオン少年』の精神性 手に汗握る王道スポ根大作に

『雄獅少年/ライオン少年』はスポ根大作に

 中国のアニメーション映画『雄獅少年/ライオン少年』が5月26日に公開された。中国で興行収入2.49億元(約50億円)を記録し、昨年日本で先行公開された際にもアニメーション映画ファンの中で話題になった作品だ。

 今作は社会性・エンタメ性・映像の3つの点が全て高水準で表現されている。それにより中国アニメーションのレベルの高さが堪能でき、アニメファンや映画ファンの垣根をこえて愛される名作となっている。そして、中国のアニメーション映画の転換点になるかもしれない可能性をも含んでいる。

 その革新性は現実の中国の国内問題を扱った社会批評と、熱い思いを内包したエンタメ性を両立させたことにある。難しい社会問題を扱うからこそ、エンタメ性がより際立ち、そしてエンドロールが流れる頃には、思わず拍手したくなるほどの熱狂が観客の中に巻き起こるだろう。『雄獅少年/ライオン少年』の革新性や魅力に迫る。

欧米の作品と渡り合えるほどの“社会批評性”を持つ

 まず、ヨーロッパをはじめとした、近年の各国のアニメーション映画の潮流として、自国の歴史や文化を直視した作品が多く注目を集めている。例としては、フランス、ベルギー、ルクセンブルクと共にカンボジアが共同制作を務め、ポル・ポトが率いたクメール・ルージュに支配された1975年以降のカンボジアを描いた『FUNAN フナン』や、アイルランドのアニメスタジオであるカートゥーン・サルーンが制作し、アイルランドの歴史や神話を題材にした『ウルフウォーカー』などが挙がる。これらの作品は世界各国のアニメーション賞で高い評価を獲得している。

 日本アニメは作品数が多いため一言では表せないが、日本の歴史や社会を描いたアニメ作品といえば、宮﨑駿の『もののけ姫』や、あるいは高畑勲の『火垂るの墓』が思い浮かぶだろう。近年では東日本大震災に向き合った新海誠の『すずめの戸締まり』を連想する。

 一方で、日本で公開される中国のアニメーション作品は『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)ぼくが選ぶ未来』や『白蛇:縁起』『ナタ転生』のように、作中に仙人・道士や妖怪などが多く登場する。これらは『西遊記』や『水滸伝』『封神演義』などの中国の古典文学を下敷きにしている作品が多い。この要素は中国らしさをより強くアピールし、エンタメとして優れているのだが、現代中国の問題を扱うなどの社会批評性は弱く感じられた。

 『詩季織々』のリ・ハオリン監督など、現代中国を舞台にした作品もあるが、こちらは日常的な生活を描いた作品だ。その中で『雄獅少年/ライオン少年』は、もしかしたら中国アニメーションの転換を象徴する作品になる可能性を秘めている。

 主人公のチュンは、広東の郊外の町に暮らす貧しい家庭の子どもだ。両親は長年にわたり都会の広州に出稼ぎに出ているのだが、この描写は中国の留守児童の問題を取り上げている。2013年の調査によると、中国ではチュンと同じように親が出稼ぎに出ているために、共に暮らせない児童が6000万人を超えている。会えない期間も半年から、長い場合には数年にわたり、残された子どもは多感な時期に親と会えない不安感から、非行に走るケースもある。また出稼ぎに出ていても経済状況が良化するケースばかりではなく、貧困が続いたり、あるいは子どもも農作業などに就労し、高度な教育が受けられない問題も指摘されている。

 今やアメリカに次ぐ世界第2位の経済大国であり、人口もインドと競う世界屈指の大国であるが、貧富の差や留守児童問題などの国内情勢などの問題点を、ここまで指摘した中国のアニメーション映画は、かつてなかったのではないだろうか。仙人や妖怪などのファンタジーではない、現実の中国社会を舞台にしたからこそ、中国の国内問題を強く意識し、世界のアニメーション映画が描くような社会や歴史を能弁に語る作品としての社会批評性を獲得した。これらの社会性はヨーロッパのアニメーション作品と対等に張り合えるものだ。

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