『らんまん』浜辺美波の好奇心を制するのは“死に様”か 冒険する者とできない者の事情
寿恵子(浜辺美波)の愛読書『南総里見八犬伝』は、身体のどこかに牡丹の痣を持つ8人の若者がある宿命に導かれ、それぞれの村を飛び出し、やがて全員が一つの目的に向かっていく壮大な冒険活劇だ。寿恵子は痣の代わりに、万太郎(神木隆之介)から牡丹の絵を贈られる。
それはいわば、冒険に繰り出す上で最初に必要となる勇気だ。万太郎のおかげで、寿恵子は自分も一人の冒険者として鹿鳴館というまだ見ぬ世界に踏み出す決意を固められた。しかし、すでに“万太郎冒険物語”の序章を観終えた私たちは知っている。冒険に繰り出そうとする者の前には様々な困難が訪れることを。
『らんまん』(NHK総合)第38回では、それぞれの冒険に出られない理由が描かれた。
万太郎の好物であるカルメ焼きをお店の商品に加えたいとまつ(牧瀬里穂)に提案する寿恵子。「食べたいお人がいるなら」と快諾してもらった流れに乗って、彼女は鹿鳴館の舞踏会に参加したい旨を伝える。しかし、事はそう上手くは運ばず、まつは先ほどとは打って変わり大反対。「お父っつあんはあんたに地に足のついた真っ当な幸せをお望みだったよ」と亡くなった父親の話を持ち出す。だが、そもそも寿恵子の好奇心は父親が残してくれた冒険の物語に育てられたものだ。その父が自分にそんなことを望んでいるとは到底思えなかった。
まつもまつで花街の柳橋で頂点をきわめた元芸者であり、寿恵子は周りの人から伝え聞く母の華々しい人生に憧れも抱いている。もちろん、その裏に隠れた苦労を彼女は知らない。良いことばかりを夢見て負の側面に目を向けようとしない娘をまつが心配する気持ちもわかる。だけど、正式な夫婦ではなくとも愛する人との間に寿恵子を授かり、幸せを感じる瞬間もきっとあったはずなのだ。それでもなお、断固として反対するのは寿恵子の父の死に様が関係しているのだろう。それまでは必死にまつを説得していた寿恵子も黙り込んでしまうほどの理由がきっとそこにはある。
狭い世界から広い青空の下へ飛び出したいと願っているのは寿恵子だけじゃない。万太郎が通い始めた東大植物教室の面々も同じようなじれったさを募らせていた。田邊教授(要潤)のもとで研究できることが嬉しくて仕方がない万太郎ははやる気持ちを抑えられず、誰よりも早く教室に到着する。鍵を開けに来た大学職員(小野まじめ)に「朝が来るのが待ち遠しゅうて」と万太郎が見せる満面の笑みが微笑ましく思えるのは、彼にとって今の状況が当たり前じゃないことを知っているから。万太郎は子供の頃、ようやく出会えた池田蘭光(寺脇康文)という師と離れ離れになり、小学校の教育方針には馴染めず、植物について教えてくれるのは本だけだった。それが今や立派な先生もいて、膨大な数の植物標本に囲まれながら研究に没頭することができる。そのありがたみを万太郎は誰よりも知っているのだ。