『キル・ボクスン』チョン・ドヨンが笑顔で人を刺し殺す “最強”と“最弱”の二面性を披露
Netflix映画『キル・ボクスン』が、3月31日から配信スタートした。『イルタ・スキャンダル ~恋は特訓コースで~』で、17年ぶりにラブコメの主演を務め好評だったチョン・ドヨンが、今度はシングルマザーの凄腕殺し屋を演じる。
事前に公開された予告編では、ナイフを手に激しいアクションで戦う一方で、一人娘を育てる母親として、ママ友たちと上品にお茶を飲む真逆の姿が描かれていたが、一体どのようなストーリーなのか?
2023年第73回ベルリン国際映画祭ベルリナーレ・スペシャル部門に招待された本作の見どころを紹介したい。(以下、ネタバレあり)
チョン・ドヨンが見せる「最強」と「最弱」の姿
チョン・ドヨンが演じるキル・ボクスンは、「殺人は今や世界的なビジネス」と言うチャ・ミンギュ(ソル・ギョング)が代表を務める、暗殺請負業者・MKエンターテインメント所属の殺し屋だ。
腕は超一流で、ヤクザのボスに「凄腕の女の殺し屋がいることは聞いていた」と言わせるほど。冒頭の「仕事シーン」では、なぜかホテルの作業員のようないでたちで、日本刀を持ったヤクザのボスを相手に鮮やかなアクションをきめ、最後には無表情で銃を撃つ姿が描かれている。暗殺請負人たちは、託される仕事のことを「作品」と呼んでいるのだが、ボクスンの殺し屋ぶりは芸術的で、まさに「作品」そのものだ。
そんな最強の殺し屋のボクスンだが、シングルマザーとして育てている思春期の一人娘、キル・ジェヨン(キム・シア)の子育てに悩む毎日だ。「子育てより人殺しのほうが単純」とミンギュに愚痴るぐらい、ジェヨンの扱いに頭を悩ませている。
この物語の面白いところの一つは、圧倒的に強いボクスンが娘のことになるとオロオロし、普通の母親になるという両極端な表情を見ることができるところだ。
17歳で初めて人を殺したボクスンは、師匠であるミンギュから「天性の殺し屋」と言われてきた。父親から虐待を受けてきたボクスンは、その言葉を心から納得するのだが、ジェヨンは自分と違う人生を歩ませたいと必死になっている。実際にジェヨンが同級生の男子とけんかをしてナイフでケガをさせた時、ボクスンはかなり動揺した。「殺そうと思った」というジェヨンにあたふたし、必死に理由を問いただそうとする。
また「女が好き」と告白するジェヨンを受け入れられず「勘違いじゃないの?」と普通の母親がいうようなセリフを言うところも面白い。「相手の手を読んで弱点を探れ」が殺し屋の鉄則だというが、ジェヨンにそれが通じないもどかしさを抱えるボクスンは、普通の母親そのものだ。最終的にボクスンにとっての最大の弱点であるジェヨンがミンギュによって利用されてしまう。それによってジェヨンの未来がボクスンの理想と違うものに変わってしまうことを示唆しているところは、皮肉なものだ。
「殺し屋業界」のリアル? 会社員に置き換えられる日常を描く
一般的なノワール映画とは趣が違う本作だが、殺し屋たちの裏の世界を詳細に描き、戦いのシーンを映像美で見せる手法に目を奪われる。
ボクスンが所属するMKエンターテインメントは、いわゆる「殺し屋業界」の超一流企業。そこでエース格として働くボクスンはまさにエリート社員で、業界では憧れの存在だ。実際にボクスンが住んでいるマンションは豪華で、一人娘も私立の高校に通っている。「ママ友」たちの間でボクスンは、イベント会社に勤める稼ぎの良いシングルマザーだと思われているようだ。
しかし一方で、殺し屋業界にも格差があるようで、弱小企業に所属する殺し屋たちの生活は厳しい。ボクスンの飲み仲間たちの多くは仕事に恵まれない境遇を嘆いているのだ。「殺し屋業界」ということを除けば、会社員の日常に置き換えると、とてもイメージしやすいことを描いているのだ。
印象的なシーンが2つある。
一つは、ボクスンを疎ましく思っているミンギュの妹でMKエンターテインメントの理事、チャ・ミニ(イ・ソム)の指示で「ボクスンを殺したら、MKから仕事をやる」と言われた飲み仲間たちが、一斉にボクスンを襲うシーンだ。
これまで仲良く飲んできた5人の仲間が突如刃物を持って襲いかかってくる。「MKから仕事がもらえる」というのはそれぐらい魅力的なことで、仲間だったボクスンを殺そうと躍起になるのだ。しかしボクスンは、次々と5人を倒し、時には笑顔を見せながらナイフを突き刺す。独特のカメラワークで見せる6分間の激しい戦いのシーンを、私たちは息をのんで見守ることになる。
そしてもう一つは、いわゆる殺し屋業界の会社代表たちが集う会議でのシーンだ。MKエンターテインメントに敵対心を持っているシン軍曹(キム・ソンオ)が、会議の議長であるミンギュに歯向かったことでミンギュが怒り狂い、シン軍曹をボコボコにして殺してしまう。最初はシン軍曹の味方をしていた会社代表の人たちが、ミンギュの圧倒的な強さを見せつけられて、あっという間にしっぽを巻いて逃げてしまうのだ。
自分の身を守るために仲間を裏切る、力の強いものに巻かれて生きていく。会社員の日常に近いものを「殺し屋業界」に置き換えて描いているところが、なんとも面白い。