『フェイブルマンズ』が示す“芸術の真実” スピルバーグの“奇妙な傑作”を読み解く

奇妙な傑作『フェイブルマンズ』を読み解く

 また、多くの思春期の男性と同じく、スピルバーグも“男らしさ”の問題に直面していたことが示されてもいる。いまでこそ、保守的な価値観による「マスキュリニティ(男らしさ)」の圧力や、それ自体の有害性が問題視されるようになったが、主人公サミーがカリフォルニアの高校のホモソーシャルのなかで苦しんでいたように、1960年代当時には、そういった暴力性からの逃げ場は、さらになかったという状況もあっただろう。

 後に『シンドラーのリスト』で、ルーツであるユダヤ人の物語を描くことになるスピルバーグは、ここでユダヤ人差別の洗礼を受けることにもなる。スター俳優ローレン・バコールが、自らのキャリアを記した自著で暴露しているように、バコールを見出したハワード・ホークス監督は、「ユダヤ人は金を出すだけ」であり、自分はアーティストであることを誇るような言動をしていたという。ユダヤ系の経営陣が多いといわれるハリウッドですら、このように公然と偏見、差別がまかり通っていたのだから、マイノリティとして高校時代を過ごしたスピルバーグが、厳しい状況に置かれていたことは想像に難くない。

 そんな逃げ場のない状況でサミーは、クリスチャンのガールフレンドの機嫌をとったり、学生同士のヒエラルキーや価値観を映画づくりでサポートするような役回りを演じることで、学校内での居場所を確保するようになる。だがこれは、ある意味でマジョリティ(多数派)への擦り寄りであることも事実ではある。

 ここでスピルバーグは、映画で大勢の観客を喜ばせることは、『地上最大のショウ』のサーカスに訪れていた人々のような“大衆”を相手にすることだと示している。そして、自分の表現したいもの以上に、“観客の見たいものを見せる”といった姿勢が、その後映画界を渡りきっていくために必要だったという事情まで暗示しているのではないかと思われるのだ。そこに、わずかな隠し味として、自分の思想を紛れ込ませるのである。そのモデルケースこそが、高校での映画製作という場であったということではないか。

 思春期の“男らしさ”という課題を乗り越える点で、スピルバーグが意識したのは、ジョン・フォード監督の作品だったと考えられる。ピーター・ボグダノヴィッチによるインタビューのなかでスピルバーグは、映画づくりにおいてフォードを家父長的な存在だと位置付け、自分にはなかった、闘う姿勢を見出したのだと述べている。

 ジョン・フォード監督は確かに保守的な思想を持っていたが、じつは「アカ狩り」時代に意外な行動を見せたことがある。セシル・B・デミルは、リベラル派の映画人ジョゼフ・L・マンキーウィッツを、当時の空気を利用して全米監督協会の会長座から追い落とそうとした。その臨時総会の場でジョン・フォードは、堂々と排斥反対の主張を発言して、マンキーウィッツを守ったのである。フォードの“男らしさ”の美学が、ここでは多様性の尊重へと傾いたのである。

 この映画史上の有名なエピソードは、本作のクライマックスとなるロッカールームでの場面そのものといえるのではないだろうか。有害だとも言われるようになった“男らしさ”が、ヒーローのような姿を見せる瞬間、それが弱者の側からも憧憬の存在になり得る……その論理が、生きにくい社会に揉まれ一時期モチベーションを失ってしまったスピルバーグ青年がたどり着いた、映画づくりの理由を見つけ出す突破口だったといえるのではないか。呪われていたはずの映画が、現実にヒーローを作ることもできるのである。

 そんな本作の物語が、ジョン・フォードとの出会いのエピソードで幕をおろすのは、納得できるところだ。このフォードとスピルバーグとの、直接的、間接的な関係は、筆者にとって以前から興味深い点として注目していた点であり、『スティーヴン・スピルバーグ 映画の子』(KAWADEムック 文藝別冊)に、より詳細に書いたことがある。

 映像やインタビューの内容から、偏屈さや気難しい印象のあるフォードは、その娯楽的であり芸術的な作品群を通し、映画界に“気骨”と“詩情”を持ち込んだ。スピルバーグは、自分のなかに足りていなかった彼の姿勢を一部引き継ぐことで、映画と自分の関係を繋ぎとめたのである。

■公開情報
『フェイブルマンズ』
全国公開中
監督・脚本:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:トニー・クシュナー
音楽:ジョン・ウィリアムズ
衣装:マーク・ブリッジス
美術:リック・カーター
編集:マイケル・カーン、サラ・ブロシャー
撮影:ヤヌス・カミンスキー
配給:東宝東和
151分/原題:The Fabelmans
©Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
公式サイト:https://fabelmans-film.jp/
公式Twitter:https://twitter.com/fabelmans_jp

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる