『BLUE GIANT』が掲げる“自分への勝利” 玉田が掴み取った自信と美しい景色

『BLUE GIANT』が描く自分への勝利

 印象に残ったのは、劇中で玉田が36回分割のローンで電子ドラムを購入するシーンだ。楽器店では、一般的にドラムに限らず購入の際に楽器用のショッピングローンを組むことができる。36回分割はその最大回数とされることが多く、お金のない大学生の玉田が意を決して、ドラムに向き合っていきたいと決心した場面であったことがうかがえる。さらに、電子ドラムは練習を重ねるにつれて、電子ドラムのパッドのゴムの色がスティックに色移りするのだが、玉田のスティックは真っ黒な跡でボロボロに汚れていた。

 凡人だからこその挫折を経験した玉田は、人並外れた努力によって天才たちとステージで肩を並べる。理想と現実の差に打ちのめされても、腐らずに自分の失敗と向き合っていく玉田の努力が実を結んでいく様子には、思わず涙が潤む。

「ビビってるやつには何もできない」

 この言葉は、苦しむ雪祈を厳しくも鼓舞するために大が放った言葉だ。大は、能力だけでは自分だけの美しい景色を観ることができないことを知っている。お世辞にも演奏としてはうまいとは言えなかった玉田の初ライブに、称賛をおくった大。それは玉田が努力を重ね、自分なりの信念を内側に蓄える第一歩を踏み出したからだ。

 理想や目標との縮まらない距離を目の当たりにしながら、走り続けるのは誰だって精神的に辛い。いっそ、諦めてしまう方が楽かもしれないと思うことすらあるだろう。しかし、『BLUE GIANT』がこだわりを持って描くのは、他との競争の結果ではない、自分への勝利である。能力を研ぎ澄ませ、一人静かに自分を信じるための根拠を作っていくことこそ、JASSが追い求める勝利への正攻法なのだ。

■公開情報
『BLUE GIANT』
全国公開中
出演:山田裕貴、間宮祥太朗、岡山天音ほか
原作:石塚真一『BLUE GIANT』(小学館『ビッグコミック』連載)
監督:立川譲
音楽:上原ひろみ
演奏:馬場智章(サックス)、上原ひろみ(ピアノ)、石若駿(ドラム)
脚本:NUMBER 8
アニメーション制作:NUT
配給:東宝映像事業部
©︎2023 映画「BLUE GIANT」製作委員会 ©︎2013 石塚真一/小学館
公式サイト:bluegiant-movie.jp

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