『女神の継承』はなぜ一大ブームを巻き起こした? ホラー好きの心をくすぐる練られた設定

 2022年の映画界の話題をさらったトピックはいくつもあるが、そのひとつに「アジアンホラーのヒット」が挙げられる。もちろんこれまでも『哭声/コクソン』『新感染 ファイナル・エクスプレス』等、時代を作ったアジアンホラーはあったが、アジア諸国の良質な作品が同時多発的に世に出たという意味で、2022年はメモリアルな年であった。

 台湾発のホラー映画『哭悲/THE SADNESS』が同年7月1日に劇場公開され、『呪詛』が7月8日にNetflixで配信開始。前者はウイルスで凶暴化した人々が巻き起こす混沌を目をそむけたくなるような残酷描写で描き、「R-18指定でもぬるいのではないか」という過激性が大いに話題を集めた。後者はある宗教にまつわる恐るべき呪いをPOV(主観映像)形式で描き、「怖すぎる」と視聴者が次々にSNS等に投稿して恐怖が伝染するという現象を呼び起こした。

 その流れを受け、台湾ホラーの火付け役と言われるヒット作『紅い服の少女』シリーズ(第1章が2015年、第2章が2017年の作品)が同年9月30日に公開。前年に日本公開された『返校 言葉が消えた日』含め、台湾ホラーの勢いはこれからますます加速していくことだろう。日本では、5月6日に公開された白石和彌監督・阿部サダヲ主演映画『死刑にいたる病』の興行収入10億円突破が記憶に新しい。こちらはサイコサスペンスではあれど、阿部の演技が「怖すぎる」と耳目を集め、ホラー的に受け入れられたこともヒットの要因の一つだ。

 そして、昨年のアジアンホラーブームを創り上げたこの作品を忘れてはならない。タイからやってきた刺客、『女神の継承』である。同年7月29日に劇場公開された本作は『哭声/コクソン』のナ・ホンジン監督が原案・プロデュースを務め、『心霊写真』『愛しのゴースト』を手掛けたバンジョン・ピサンタナクーン監督とタッグを組んだ祈祷師ホラー。本稿では、3月3日のBlu-ray&DVD発売を記念し、タイ東北部の村で暮らす祈禱師一族に起こる恐怖をPOV形式で描いた力作の魅力を、わずかながら語っていきたい。

 まずは、『女神の継承』の成り立ちと物語をご紹介しよう。『哭声/コクソン』の続編を開発していたナ・ホンジン監督は、劇中に登場する祈祷師の物語を思いつく。その構想が「海外を舞台にする」というアイデアに発展し、タイを舞台にした祈祷師一族の物語へと受け継がれていったというわけだ。では、祈祷師とは何ぞや?という話だが、霊や神的な見えざるものと交信でき、超常現象を解決に導いたり自然災害を鎮めたりといった「お清め」「お祓い」的な催事を担う役割といえる。

 本作の舞台となる小村では祈祷師文化が根付いており、代々祈祷師として生きる家系が存在する。その末っ子である女性ミン(ナリルヤ・グルモンコルペチ)にある日異変が起き、別人のように凶暴化。叔母で祈祷師のニム(サワニー・ウトーンマ)が助けを求められる――という物語が展開していく。

 こうした概要の時点で、本作にはいくつものホラーの王道設定が組み込まれていることがわかる。まず、舞台が山奥の小村であること。『ミッドサマー』『八つ墓村』『グリーン・インフェルノ』『ガンニバル』等々、村モノは恐怖映画の鉄板シチュエーション。日本では『犬鳴村』はじめ「恐怖の村」シリーズが人気を博している。『ドッグヴィル』や『N号棟』のように特定のコミュニティにおける怖さを描く作品も同系統といえるだろう。

 そして、「呪い」を描くこと。これは言うまでもなく『エクソシスト』から『呪術廻戦』まで、様々な作品にみられる題材であり、本作にはそこに「村」とも結びつく「家系・血族」という要素を盛り込んでいる。『呪術廻戦』の呪術師の一部がそうであるように、その家に生まれた時点で祈祷師の血が流れ、抗えない宿命が待ち受けているというわけだ。親から子に呪いが受け継がれてしまいそうになるという意味では、『呪詛』や『ほの暗い水の底から』ともリンクし、ホラー好きをくすぐる非常に練られた設定であることがわかる。

 そして、POV形式であること。先ほどPOV形式を「主観映像」と述べたが、POVはPoint Of Viewの略であり、一人称視点で映像が展開する。ただ、個人の視界だけでは限界があるため、(それを見ているという体で)スマホの画面や監視カメラの録画映像等を織り交ぜていく――という構成が多い。1999年の映画『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』以降、ホラーでは人気のスタイルとして確立され、『パラノーマル・アクティビティ』『クローバーフィールド/HAKAISHA』『呪詛』などに受け継がれていった。

 そのPOV形式とリンクするのが、モキュメンタリー(疑似ドキュメンタリー)だ。実際には創作物なのだが、ドキュメンタリー風に仕立てることで恐怖を倍増させる効果がある。「本当にあった」感が強まるほど、生理的な緊張感が増すというわけだ。ただそこには落とし穴があって、観客が現実と重ね合わせる領域が増えるぶん、ひとたび「ありえない」と思ってしまうと急速に関心が薄れてしまうきらいがある。

 「村モノ」「呪い」「POV」「モキュメンタリー」……『女神の継承』はこれらの“武器”をすべて搭載しつつも、破綻するどころかどこまでも恐怖を煽ってくる。それをなしえたのは、徹底したリアリティ――つまり現実味の追求だ。

 そもそも、我々観客と縁遠い「祈祷師」とどうタッチポイントを作るのか? 『女神の継承』では「取材班」を主人公にすることで「番組の制作」「レアなものほど価値が高い」という理由付けを手早く済ませてしまう。それでも「なんで祈祷師? 需要あるの?」と思ってしまう方はいるかもしれないが、来日時にピサンタナクーン監督にインタビューしたところ、タイでは民間伝承が盛んで、祈祷師も数万人いるそう。そういった意味では、番組スタッフが祈祷師を取り上げる発想に行きつく部分に論理的な飛躍は感じない。

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