『女神の継承』はなぜ一大ブームを巻き起こした? ホラー好きの心をくすぐる練られた設定

『女神の継承』はなぜブームを巻き起こした?

 さらに、縁遠いと思ってしまう観客においても「祈祷師として生きるニム」「家業を遠巻きに見ているミン」という対照的なふたりをW主人公的な取材対象に置くことで、入り込みやすい環境を作ってくれる。ニムが取材班に説明するチュートリアル的なシーンや、祈祷師が日常に接地している環境ながら距離を置く/そこまで詳しくないミンの存在によって、観客が敷居を感じずに存在できるのだ。

 そのうえで、「取材中にミンに異変が生じる」アクシデントが発生したことから取材班もその姿を追うというスムーズな転換がなされていく。観客もそこについていくような感覚で観賞し、その道中で「ミンに何が起こったのか」を知り戦慄する。具体的には「ミンに何が取り憑いているのか」「なぜミンが標的となったのか」「“それ”はミンを使って何をしようとしているのか」なのだが、こうした謎解き要素も取材班と同じタイミングで情報を仕入れてきた我々が自分で「そういうことか」と気づく構造が敷いてあり、実に秀逸だ。

 そして、場所が持つ力も大きい。雨・森・未舗装の道路等々、得体のしれない何かが巣食うであろう空間に満ちており、日常と地続きの異界に足を踏み入れてしまったかのごとき作り物でない怖さを存分に感じられる。監督自ら約1年間のリサーチ期間を設けてロケ地であるイサーン地方に滞在し、祈祷師30人以上に取材したうえで撮影に挑むという熱の入りようなのだが、そうした努力がこれほどまでの現実味と説得力をもたらしたのであろう。サワニー・ウトーンマ演じるニムなんて現地の人&本物の祈祷師にしか見えないのだが、本人の演技力はもとより、場を設えたことで発揮されるものは大きかったはずだ。

 もちろんリアリティを積み上げていくだけでは不十分で、肝心の“怖さ”が足りていなければ作品としては弱い。しかし、『女神の継承』においては恐怖演出も創造性や発想力に満ちていて、131分こちらを安寧させてくれない。

 例えば、前半は静かに進めていく「じわじわ系ホラー」の形を取り、後半で一気に畳みかける「オラオラ系ホラー」へとスライドしていく構成もそうであるし、個人的に震えたのが上に述べた謎解き要素ともリンクする「見つける」恐怖演出の上手さだ。

 別人のようになってしまったミンを監視するべく取材班がカメラを仕掛けるのだが、一見すると何も異常なところがないように見える映像に目を凝らすと、暗がりに目をギラギラ光らせたミンが潜んでいるというシーンはその好例で、観客が自分で見つけ、気づくアクションが恐怖を倍増させる。夜道を歩いているときに、向こう側に怪しい人影を見つけたら一気に緊張感を抱くだろう。あくまで画面の向こうで起こっていることのため、我々の身は守られているのだが、その安全装置に手をかけてくるような恐ろしさがそこにはある。

 先ほどちらりと述べたPOV形式×モキュメンタリーのウィークポイントである「冷めやすさ」の部分に、「現実世界でそんなにカメラは回さないよ」「ヤバいことが起こったらさすがにカメラを置いて逃げるのでは?」というものがあるが、本作ではカメラが暗闇でライト代わりになったり、カメラを落としてしまったところに偶然映り込むといったような演出も効いており(しかもポジショニングも絶妙で、チラッとだけ映ってあとは遠くで聞こえる悲鳴で想像させる)、現実味と恐怖の融合が行き届いているのが嬉しいところ。

 それらの中心にいるミン役のナルリヤ・グルモンコルペチの怪演は凄まじく、動物の動きを取り入れたという奇怪な四つんばいの動き(『新感染』『コクソン』の振付師パク・ジェインが担当)や、完全に取り憑かれたとしか思えない目の演技、役作りで10キロ落としたという“変化”(撮影期間中に休みを取り、体重を落としてから帰ってきたため、見た目に差異を付けることに成功)等々、物語の背骨となる「豹変」を見事に体現している。

 R-18指定の強烈な作品であり、ショッキングな描写もはらみつつ、それらをこれ見よがしには映さないエレガントな立ち位置も『女神の継承』の大きな魅力。邦題の意味が観賞後に精神を侵食してくる後味も含めて、頭から離れなくなる体験に身を浸していただきたい。

■リリース情報
『女神の継承』
3月3日(金)発売
<Blu-ray>
価格:4,800円(税抜)
<DVD>
価格:3,900円(税抜)

【映像特典】
・未公開のメイキング映像を含む約20分の特典映像

【特典仕様】
・初回限定仕様
 オリジナルアウタースリーブ
 リバーシブルジャケット仕様

※仕様は変更となる場合あり

監督:バンジョン・ピサンタナクーン
製作:ナ・ホンジン、バンジョン・ピサンタナクーン
製作総指揮:キム・ドゥス、ジナー・オーソットシン
原案:ナ・ホンジン
脚本:バンジョン・ピサンタナクーン
撮影:ナルフォル・チョカナピタク
編集:タラマット・スメートスパチョーク
音楽:チャッチャン・ポンプラパーン
発売元:株式会社シンカ
販売元:株式会社ハピネット・メディアマーケティング
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