アメリカはなぜ評価しない? 『その道の向こうに』ジェニファー・ローレンスの芝居の真価

ジェニファー・ローレンスの芝居の真価

 ライラ・ノイゲバウアーの素晴らしい長編映画監督デビュー作『その道の向こうに』のジェニファー・ローレンスには、かつて彼女の名を一躍知らしめた出世作『ウィンターズ・ボーン』で見せた繊細と孤高がある。『ウィンターズ・ボーン』では幼い姉妹を養い、住む家を確保するために行方知れずの父を探すローレンスが、やがてコミュニティの恐ろしい暗部に辿り着く。オザーク地方を舞台にしたこの映画は見捨てられた辺境からアメリカのもう1つの姿を描き出し、それは来たる2010年代の分断と対立の予兆でもあった。あれから12年、辺境からアメリカを射抜いたローレンスがここでは傷つき、疲弊したアメリカを内包している。

 アフガンの戦地から主人公リンジー(ジェニファー・ローレンス)が帰還する。爆破攻撃によって脳に損傷を負い、除隊となったのだ。軍隊生活で得たなけなしの貯蓄をリハビリに使い果たし、何とか日常生活を送れる程度には回復したものの、実家のあるニューオーリンズへの帰郷には表情が冴えない。母親との不和、最愛の兄にまつわるトラウマ……それらを振り切るように軍に入ったであろうリンジーには『ウィンターズ・ボーン』で演じたリーの姿がダブる。ローレンスは本作を自らプロデュースもしている。『アメリカン・ハッスル』などで見せてきたスター演技も華々しい人だが、振り返ればギジェルモ・アリアガの『あの日、欲望の大地で』でシャーリーズ・セロン演じる主人公の少女時代を演じて注目された人。その後、『ウィンターズ・ボーン』に至ったことからもわかるように、作家主義の映画を選び続けてきた“役者”である。あまりにも早く、瞬く間にスターダムへと昇り詰めてしまった彼女が、ここでは演技者としての天性の作品選択眼を取り戻しているのだ。

 ニューオーリンズへ戻ったリンジーにはやがて小さな変化が訪れる。プライベートプールの清掃バイトは、深刻な後遺症と複数の処方薬に苦しむ彼女にとって唯一コントロールできる物事であり、一種のセラピーにも映る。そして車の整備工ジェームズという友人もできた。ブライアン・タイリー・ヘンリー扮するこの気のいい男との間には、憚られるような壁が何一つない。人種も性も超えた2人の友情には同じ痛みを知った者だけに通い合う共感があり、人生はそんなたまさかの一期一会によって救われることもあるのだ。2022年は『ブレット・トレイン』、『アトランタ』シーズン3〜4と大活躍したタイリー・ヘンリーが「誰かと一緒にいるのはいい」と虚空を見つめる眼差しは、真の孤独を知る者だけが持つ凄味である。本作でタイリー・ヘンリーが第95回アカデミー賞助演男優賞にノミネートされた一方、ローレンスの名前は今年の賞レースで全くアナウンスされなかった。大概にしてほしいとしか言いようがない。静かな芝居の真価をなかなか見出してくれないのがアメリカの批評である。

 2022年は多くの映画、TVシリーズが歴史を参照し、現在との因果関係を解き明かそうとした一方、隣人、親類、同僚といった小さな社会単位から人と人との寄り添いを描いた作品も少なくなかった。『その道の向こうに』は孤立し、疲弊し、傷ついた心が他者との関係によってこそ再生へと向かい得ることを描いた珠玉の小品である。わずか94分という上映時間には、長くなるばかりのメインストリーム映画にはない豊潤さがあり、これだからアメリカ映画はやめられないのだ。AppleTV+から静かにリリースされている本作を見逃すにはあまりにも惜しい。

■配信情報
『その道の向こうに』
Apple TV+にて配信中
監督:リラ・ノイゲバウアー
製作:ジェニファー・ローレンス、ジャスティン・チャロッキ
出演:ジェニファー・ローレンス、ブライアン・タイリー・ヘンリー、リンダ・エモンド、ジェイン・ハウディシェル、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン
2022年製作/94分/アメリカ/原題:Causeway
画像提供=Apple TV+

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる