2022年最高のダークホース 『キャシアン・アンドー』に込められた強いメッセージ

『キャシアン・アンドー』の強いメッセージ

 “『スター・ウォーズ』のスピンオフ映画『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』のキャシアン・アンドーを主人公にした前日譚”という、本作『キャシアン・アンドー』製作の報を聞いた時、ディズニー帝国のダークサイドはついにここまで『スター・ウォーズ』を覆ったのかと頭を抱えた人は少なくないはずだ。前日譚の前日譚、スピンオフのスピンオフ。こんなバカげた企画がかつてあっただろうか? 今年、大きな期待をかけられた『オビ=ワン・ケノービ』は惨憺たる結果で終わり、もはや『スター・ウォーズ』ユニバースに新たなる希望は残されていないと思っていた。

 『キャシアン・アンドー』にはジェダイもライトセーバーも登場しなければ、反乱同盟軍もまだ結成されていない。だが、ここには確かに“フォース”がある。遥か彼方の銀河系からニコラス・ブリテルの優雅で美しいスコアが漂い、物語は壮大で複雑。観る者の知的好奇心を刺激し、キャストの演技は今年最上級だ。まるでハイパードライブが故障したかのようなストーリーテリングの遅さはむしろ本作の美点である。『キャシアン・アンドー』は近年の『スター・ウォーズ』フランチャイズで最も静かで、より熱く燃焼している。

 『ボーン・アイデンティティー』をはじめとする“『ボーン』シリーズの脚本や、アカデミー監督賞にノミネートされた『フィクサー』などで知られるショーランナーのトニー・ギルロイは、『ローグ・ワン』からK-2SO型のドロイドや副官メルシを登場させるもののそれらにはほとんど目もくれず、トキシックファンダムという近年の『スター・ウォーズ』シリーズが陥ってきたダークサイドの誘惑を振り切っている。毎週サプライズを用意してファンの歓心を買うような目先の成功にはこだわっておらず、TVシリーズというロングフォームに描くべき物語を見出している。シーズンを4分割し、セットアップとアクションを繰り返す構成は最も効果的なストーリーテリングを知った職人ならではの堅実さだ。ギルロイは公開約半年前に大幅な再撮影が必要となった『ローグ・ワン』の代打監督兼脚本を務め、一説では後半のアクションシークエンスを含め、全体の約40パーセントを作り直し、物語とキャラクターの方向性を決定付けたという。『キャシアン・アンドー』では5エピソードの脚本を務めるほか、シリーズを支える監督、脚本家の人選に本作の志向を見出すことができる。ベンジャミン・キャロンらスタッフ陣のフィルモグラフィを見渡せば『ブラック・ミラー』『ザ・クラウン』『ジ・アメリカンズ』という近年のSF、ポリティカルサスペンスの傑作が並び、2022年にリリースされた多くの作品と同様、本作が非常に政治的なスリラーを目指していることがよくわかるはずだ。それはジョージ・ルーカスが政治陰謀劇としてプリクエル3部作を描いたように『スター・ウォーズ』ユニバースを拡張し、補強している。

 名もなき兵士たちを描いた『ローグ・ワン』と同じく、『キャシアン・アンドー』も市井の人々を描いている。キャシアンが育った惑星フェリックスは工場町のような星で、人々は肉体労働に従事し、その生活は慎ましやかだ。葬儀は町を上げて行われ、死者の遺灰はモルタルと練られて町の一角を成す壁の一部となる。惑星それぞれに文化があり、シーズン1最大のスペクタクル“アルダーニの目”は辺境の星に暮らす先住民族が信仰する天文現象だ。そこに帝国の圧政が押し寄せる。『キャシアン・アンドー』はダース・ベイダーも暗黒面のフォースも登場させることなく銀河帝国をシリーズで最も恐ろしく描写することに成功している。弾圧、強制労働、諜報、拷問……ファシズムが蹂躙するのは私たちが営む市民生活、文化だ。ISBなる帝国保安局が暗躍し、ふてぶてしい表情の監査官デドラ・ミーロ(憎々しげなデニース・ゴフ)はこのプリクエルの恐るべきヴィランである。口うるさい母親と狭苦しいアパートで暮らすシリル・カーンは実利がないにもかかわらず帝国の独裁に心酔する権威主義者であり、2022年にこそ描くべき価値のあるキャラクターと言えるだろう。

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