『鎌倉殿の13人』柿澤勇人×三谷幸喜のタッグだから生み出せた新たな源実朝像
『鎌倉殿の13人』(NHK総合)で源実朝を演じる柿澤勇人。第39回「穏やかな一日」では、誰にも言えず心に秘めてきた恋心を和歌に託して泰時(坂口健太郎)に伝えるという切ない場面で、鎌倉殿という立場を超えて、一人の青年の悩みや苦しみを繊細に表現し、新たな実朝像を強く印象づけた。
10月7日放送の『あさイチ』(NHK総合)「プレミアムトーク」のゲストで柿澤が出演した際に、脚本家・三谷幸喜とのエピソードが語られた。ミュージカル『メリー・ポピンズ』でバート役を演じる柿澤を観た三谷。シャーロック・ホームズファンである彼は、天真爛漫で笑っていても孤独を感じさせるホームズに柿澤の姿を重ねたという。三谷がシャーロック役に柿澤を当て書きした舞台『愛と哀しみのシャーロック・ホームズ』には、ワトソン役で佐藤二朗も出演。横田栄司もシャーロックの兄・マイクロフト役で登場しており、今思えばその関係性が面白い。
また、撮影現場には普段顔を出さないという三谷幸喜が、第35回「苦い盃」で歩き巫女(大竹しのぶ)に実朝が占ってもらうシーンの前に来て、柿澤に「このシーンは泣いていいですよ」と伝えたという。ト書きに泣くという表記があったわけではなく、脚本家から直接のアドバイス。確かに、大竹しのぶ演じる歩き巫女の言葉は、誰にも心を開けなかった実朝の心の琴線に触れる深い慈しみを感じられるものだった。
「お前の悩みは、どんなものであっても、それはお前ひとりの悩みではない。はるか昔から、同じことで悩んできた者がいることを忘れるな。この先も、お前と同じことで悩む者がいることを忘れるな。お前ひとりではないんだ、決して」
華やかに見えて、笑っているときでも孤独から逃れられず、寂しそうに見える実朝のキャラクターは、柿澤勇人の内面から発せられる複雑で繊細な個性と重なる。
そもそも、実朝が和歌を愛するようになったのは、心を解放できる手段がほかに見つからなかったからかもしれない。たとえば、実朝が泰時に手渡したのは、「春霞 たつたの山の桜花 おぼつかなきを 知る人のなさ」という歌で、「返歌を楽しみにしている」とさりげなく加えた実朝の一言が、泰時に相当プレッシャーを与えている。好きな人の心を知りたい、そんなシンプルな願いだったが、泰時は返歌に悩んだ。
真面目な泰時は返歌に迷ったあげく、源仲章(生田斗真)に歌の解説をされて、恋する気持ちを詠んだものだと認識。「鎌倉殿は間違えておられます。これは恋の歌ではないのですか」と返すのだが、「そうであった。間違えて渡してしまったようだ」と、受け取る実朝の複雑な表情。そして、新たに手渡した歌は、「大海の 磯もとどろに寄する浪 われて砕けて裂けて散るかも」だった。
柿澤の和歌を詠む声の美しさは、その道のプロからも「憎たらしいほど完璧です」とお墨付きをもらったそうだが、もともと器用な人なのだろう。人間国宝だった祖父、曾祖父のように伝統芸能の道に進んでいたら、やはり素晴らしい才能を発揮していたのかもしれない。