NHK土曜ドラマは傑作続きに 『一橋桐子の犯罪日記』が描く“娑婆”の世界の面白さ

『一橋桐子』が描く“娑婆”の世界の面白さ

 NHK土曜ドラマ『一橋桐子の犯罪日記』のちょっと切なくて、優しくて、可愛い世界が愛おしい。親友・知子(由紀さおり)を亡くし、「人生の春」を終え「世界は真っ暗で苦しい」と感じている桐子(松坂慶子)は、「娑婆に未練なし」と言い、ひたすら「塀の向こう」、つまりは刑務所暮らしに夢を見る。でも、こちら側から見ると、その「娑婆」の世界は、なんて面白いのだと感じずにはいられない。

 「ムショ活」のアドバイサー兼謎めいた上司が岩田剛典で、句会仲間の憧れの人が草刈正雄、パチンコ屋で通りすがりに札束を見せては勧誘してくる男が宇崎竜童、「寸止めの」結婚詐欺師が木村多江、ご近所さんが竹原芳子なんて、一癖も二癖もありすぎて、そんな楽しい世界、それこそ極楽じゃないかと。

 でも案外、人とはそういうものなのかもしれない。目の前の世界こそが面白いのに、そのことに気づけないまま、それぞれの孤独を抱えて生きている。桐子と知子、親友二人が同居を決めて、キャッキャとはしゃいでいる姿を、動物園の象をはじめとした動物たちが祝福するように騒ぎながら見ている、祝祭めいた冒頭の回想の場面のように、「あなたは気づいていないけれど、世界はこんなにも温かくて、面白いんだよ」と、本作は教えてくれる。

 4月期放送の『17才の帝国』、6月期放送の『空白を満たしなさい』と傑作続きの全5話構成のNHK土曜ドラマ枠は、非常に興味深いドラマ枠である。『17才の帝国』は10代、20代の若い世代を主人公に、『空白を満たしなさい』は30代のサラリーマンを主人公に、そして本作では70代の独身女性を主人公に置いて、それぞれの世代から見た現代社会を描いている。

 SF感ある前作2本とは打って変わって、苺大福のように柔らかなお餅でシビアな現実を包んだかのようなテイストで描かれる本作であるが、桐子の目を通して浮かび上がってくるのは、年金とパートの収入だけでは到底生活がままならず、高齢者の一人暮らしは大家に敬遠され物件選びも難航、スーパーでは「御老人たちの万引きが多くてうんざりしている」と言われ、刑務所のほうがよっぽど理想的な生活を送れそうだと感じずにはいられないという、シニア世代の生きづらさである。

 原作は、ベストセラー『三千円の使いかた』(中公文庫)の著者でもある原田ひ香による『一橋桐子(76)の犯罪日記』(徳間文庫)。『きょうの猫村さん』(テレビ東京ほか)、『阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたり暮らし』(NHK総合)を手掛けたふじきみつ彦が脚本を手掛けた。まるで『阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたり暮らし』の世界の延長線上にあるかのようにも見えるユーモラスでほのぼのとした「一橋桐子の日常」の描写は、どの世代にとっても「桐子の身に起こることは、何年後、何十年後かの未来の自分に起こることかもしれない」と思わせ、考えさせずにはいられない。また、現在放送回第1、第2話の演出である『お母さん、娘をやめていいですか?』(NHK総合)、『ノースライト』(NHK総合)の笠浦友愛(ほか演出陣は黛りんたろう、加治源一郎)は、朗読をテーマにしたドラマ『この声をきみに』(NHK総合)も手掛けており、俳句とドラマの親和性をより高めていると言える。

 何と言っても魅力的なのは松坂慶子演じる桐子である。特にムショ活を通して仲良くなった17才の友達・雪菜(長澤樹)と一緒にいる時のウキウキとした一挙一動は見ているだけで癒されて、こちらまで自然と笑顔になってしまう。桐子はムショ活を通して、今まで関わったことのなかった様々な人と出会い、話していく。第2話を通して見えてきたのは、一見「住む世界が違う人」や、「悪人」に見える人の別の顔だ。

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