『NOPE/ノープ』ジョーダン・ピールはポスト・スティーヴン・スピルバーグと呼べるか?

『NOPE/ノープ』不穏さ漂う作風を考察

『ジョーズ』『未知との遭遇』……スピルバーグ映画へのリファレンス

 すでに多くの識者が指摘している通り、『NOPE/ノープ』にはある映画監督の多大なる影響が認められる。言わずと知れたキング・オブ・ハリウッド、スティーヴン・スピルバーグだ。少なくとも筆者には、『ジョーズ』(1975年)、『未知との遭遇』(1977年)、『E.T.』(1982年)、『ジュラシック・パーク』(1993年)、『宇宙戦争』(2005年)へのリファレンスが感じられる(『未知との遭遇』と『ジュラシック・パーク』に関しては、ジョーダン・ピール自身がその影響を公言している)。(※1)

 ジュープ(スティーヴン・ユァン)が経営するテーマパークが、真っ暗闇の広大な荒野で美しい光を放ち、どこからともなくUFOが飛来するシーンは、明らかに『未知との遭遇』。そのUFOことジーン・ジャケットが、テーマパークの観客を吸い上げて捕食するシーンは、『宇宙戦争』のトライポッドのようだ。少年時代のジュープとチンパンジーのゴーディがグータッチしようとするショットは、『E.T.』でエリオットの指とE.T.の指が合わさる超有名シーンを想起させるし、ジーン・ジャケットが巨大バルーンを捕食するやいなや大爆発するクライマックスは、『ジョーズ』でロイ・シャイダー演じるブロディ署長が「Smile you son of a bitch!」と叫びながら酸素ボンベに銃弾を浴びせて、巨大サメを爆死させるラストシーンとよく似ている。

NOPE/ノープ

 そして、巨大未確認飛行物体を支配しようとするも、結果的に捕食されてしまう本作のアウトラインは、人類が恐竜を支配しようと試みるも、その返り討ちにあってしまう『ジュラシック・パーク』と同趣と言える。少し話がそれるが、UFOと西部劇という異質な組み合わせは、スピルバーグが製作総指揮を務め、ジョン・ファヴローが監督した『カウボーイ&エイリアン』(2011年)っぽくもある。

 密室系ホラーではなく、広大な空間を舞台に繰り広げられるスペクタクル映画へと舵を切り、その名手スピルバーグへのオマージュをてらいもなくインサートしてみせたジョーダン・ピール。果たして彼は、ポスト・スティーヴン・スピルバーグと呼べるのだろうか? ここからが本稿のキモなのだが、これだけスピルバーグ風味を映画に散布しているにもかかわらず、ジョーダン・ピールは王道のアクション演出&王道のサスペンス演出には全く興味がないように見える。結局根っこにあるのは、1カット1カットに不穏さが漂う、ホラー的なアプローチなのだ。

 筆者が最も気になったのは、ジーン・ジャケットが主人公OJ(ダニエル・カルーヤ)の家屋の真上にやってきて、血の雨を降らすシーン。家に閉じ込められたエメラルドたちは、「家から脱出するべきか、このまま残るべきか」を言い争う。サスペンスを醸成するのであればカメラは屋内に留まって二人をフォローし、彼らの視点でハラハラドキドキを観客に見せるべきだろう。しかしジョーダン・ピールはなぜかカメラを屋外に移動させ、OJの視点から彼らの脱出を(しかも引きのローポジションで)見守るのだ。異様なショットである。どう考えても王道のサスペンス描写ではない。だが、エメラルドたちを必要以上に脅かさないことで、ジーン・ジャケットという巨大未確認飛行物体の不穏さ、不気味さが際立っているとも言える。

 もしくは、OJが乗っている自動車のフロントガラスに、ジーン・ジャケットが吐き出した木馬が突き刺さるシーン。典型的なジャンプスケアだが、非常に不思議なのは、その木馬をカメラがとてつもなく寄りのショットで捉えていて、一瞬この物体が何なのかがよく分からないことだ。カメラは引きのショットでそれが木馬であることを明示し、再び寄りのショットで捉える。もはや木馬は単なるジャンプスケアの道具ではなく、画面いっぱいに不穏を撒き散らす恐怖の元凶。この特異な演出こそが、いかにもジョーダン・ピール流なり。

 スティーヴン・スピルバーグは、映画的な運動、その快楽に身も心も捧げた極めて古典的なフィルムメーカーである。彼の名前を世界に知らしめたのは、巨大トレーラーが主人公を追いかけ回すという、映画的運動だけで撮りあげたかのような『激突!』(1971年)だった。近作『ウエスト・サイド・ストーリー』(2021年)にも、その執着はミュージカルという形態で刻まれている。それに対してジョーダン・ピールは、運動の愉悦よりも1カットごとに放つ不穏さがスクリーンを覆い尽くしてしまう。

 むしろジョーダン・ピールは、スティーヴン・スピルバーグとは作風を全く異にする、ワン・アンド・オンリーな存在と呼ぶべきだろう。スペクタキュラーに振った『NOPE/ノープ』だからこそ、そのホラー的感性がはっきりと露出している。

参照

※1. https://moviewalker.jp/news/article/1099508/

■公開情報
『NOPE/ノープ』
全国公開中
監督・脚本:ジョーダン・ピール
出演:ダニエル・カルーヤ、キキ・パーマー、スティーヴン・ユァン、マイケル・ウィンコット、ブランドン・ペレアほか
撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ
製作:イアン・クーパー、ジョーダン・ピール
配給:東宝東和
©︎2021 UNIVERSAL STUDIOS

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