『NOPE/ノープ』に込められたテーマを徹底考察 逆転した“見られる者”と“見る者”の関係性

『NOPE/ノープ』のテーマを徹底考察

 映画のはじまりは、フランスのリュミエール兄弟による「シネマトグラフ」の発明からだということは、映画好きの間ではよく知られている。そして“発明王”トーマス・エジソンが、さらにその前身となる「キネトスコープ」を、それ以前に開発していたことも同様だ。さらにまた、エジソンの発明のきっかけを遡れば、エドワード・マイブリッジという人物による有名な連続写真『動く馬』の撮影に行き着く。

 ジョーダン・ピール監督の『NOPE/ノープ』は、その『動く馬』に目をつけ、“映画の撮影”そのものを題材にしたホラー映画である。ピール監督の作品は、これまで社会問題を題材とした難解かつ衝撃的な内容によって、絶賛されたり物議を醸してきたが、本作では空に浮かぶ“何か”を映し出す大迫力の映像によって、これまでよりも強いエンターテインメント性が話題となっている。

 しかし本作は、むしろこれまでのジョーダン・ピール作品よりも、さらに過激に社会を糾弾する映画なのではないか。ここでは、謎めいた中身を紐解いていきながら、そこに込められたテーマについて、できるだけ深く考察していきたい。

NOPE/ノープ

 本作の主役は、ロサンゼルス郊外で牧場を経営する、ヘイウッド家の兄“OJ”(ダニエル・カルーヤ)と妹の“エメラルド”(キキ・パーマー)。この家系は、前述したように映画誕生のきっかけとなったという連続写真『動く馬』のなかで、疾走する馬に騎乗していたアフリカ系の騎手の子孫だというのが、本作のフィクションとしての設定である。つまり連続写真の存在は本物だが、そこからピール監督は新しい物語を創造したのである。

 たしかに、実際の『動く馬』に写っている騎手はアフリカ系の人物に見えるし、当時の騎手にアフリカ系が多かったことも事実だとされている。つまり、映画の起源となる作品の“俳優”はアフリカ系だったと考えられるのだ。しかしその騎手の名前や、彼が乗っている馬の名前は、現実の世界において伝わることはなかった。本作はまず、その“消された名前”、“振り返られることのなかった存在”を暗示し、そこに注目させようとする作品なのである。

 ジョーダン・ピールは、これまで『ゲット・アウト』(2017年)、『アス』(2019年)の2作で人種差別や、それにまつわるアメリカの社会問題をテーマにしながら、それをホラー映画というかたちで表現してきた監督だ。さらには、同じ方向性の『キャンディマン』(2020年)の製作・脚本をも務めている。本作『NOPE/ノープ』でも、そこにフォーカスしようとしているのは間違いない。

NOPE/ノープ

 本作の兄妹の家系である、ヘイウッドの代々引き継がれてきた家業は、映画撮影に使う馬の手配や管理、現場での安全確保だ。兄妹は、その仕事を引き継ぐ立場ではあるが、経営難にあえいでいた牧場は、父親の謎の死をきっかけに、より厳しい困窮状態に陥っていく。その窮地を脱する希望が、牧場の上空に頻繁に現れる未確認飛行物体であった。これをカメラに収めることができれば、懸賞金を得たり、ビジネスに役立てたり、はたまた知名度を上げることで牧場を救うことになるかもしれない。OJとエメラルドは、そんなノンキな思いつきから、謎の物体の撮影を敢行することになる。

 だが、ここから描かれていくのは、“スペクタクル”であり“伝説”の再演である。かつて連続写真に撮られることで映画の起源となった子孫たちが、その偉業で使用された延長線上にある撮影機材を利用して、またもや歴史に刻まれる偉業を達成しようとするのだ。しかし、今回撮るのは馬でなく、謎めいた巨大な飛行物体である。そういった物語の流れを知れば、近年のクリストファー・ノーラン監督作などの大規模な撮影を手がけてきているホイテ・ヴァン・ホイテマが撮影を担当し、迫力ある映像を目指しているのも納得がいく。

 面白いのは、飛行物体から逃げようとする馬が走っていく様子を、木材の板のスリットごしに眺める構図のシーンである。これは、『動く馬』が同様にスリットを利用する「ゾエトロープ(回転のぞき絵)」という装置によって楽しまれたことから、やはり映画史を辿る暗示の表現になっていると考えられる。

 この高速で走る馬を画角にとらえた連続写真を撮るために、エドワード・マイブリッジは、何台ものカメラを用意し、時間差で次々に撮影していくシステムを開発したという。いくつもの難題をクリアしながら、難易度の高い撮影に成功する過程は、本作で未確認飛行物体を映像に収めるために試行錯誤する姿に重ねられているといえよう。

 そう考えれば、本作の物語は、映画界において忘れられた人々が、力を合わせてもう一度注目を浴びようとする手柄話だと受け取ることができるだろう。だが、話はそう単純ではない。この作品が理解しにくいのは、西部劇風のテーマパークを経営するリッキー(スティーヴン・ユァン)の、子ども時代のエピソードが描かれている箇所があるからだ。いったいこれには、どのような意味があったのだろうか。

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