木俣冬『ネットと朝ドラ』「まえがき」を特別公開 “朝ドラ3.0”に寄せて
木俣冬著『ネットと朝ドラ』が本日9月12日に発売された。
同著は、“朝ドラ”こと、NHK連続テレビ小説の魅力に迫った評論本。2017年放送の有村架純主演『ひよっこ』から、三世代ヒロインを描いた『カムカムエヴリバディ』、そして現在放送中の『ちむどんどん』まで、関係者への再録インタビュー、放送時のレビュー記事なども交えながら、各作品の魅力を深堀りしていく。
今回は書籍より、「まえがき」の前半部分を抜粋してお届けする。(編集部)
進化する朝ドラ語り
ネットで「朝ドラ」を検索したら約29,500,000件もの記事がヒットした(2021年6月25日19時25分)。かくも朝ドラの記事は多い。シンプルな明日の回のあらすじから、放送後のレビュー、まじめな評論、ちょっと揶揄するもの、SNSの反応を取り上げたもの、史実との違いを指摘した記事、スタッフ、キャストのインタビュー等々……硬軟問わず様々なネット媒体に朝ドラの記事が数え切れないほど掲載され、それが常に記事のランキングの上位に食い込んでいる。
昭和にはじまった朝ドラがなぜ、60年以上も国民的番組であり続けているのか。平成、令和にセカンドブレイクのようになった理由は。最大の要因はネット、SNSとうまく連動できたからであろう。この本では、ネットで話題を読んだ朝ドラについて掘り下げる。
「朝ドラ」とはNHKの「連続テレビ小説」の愛称である。1961年からはじまったご長寿シリーズだ。筆者は2015年4月から毎日朝ドラレビューを書きはじめた。2020年3月までは月~土まで、20年4月からは月~金と毎日で、少なく見積もっても月20本強、年間240本以上の朝ドラ記事を書いていることになる。番組広報からもらった情報を毎日のようにあげている媒体記者を別にしたら日本で最も朝ドラ記事を書いていると自負する。
毎日レビューをはじめて2年後の2017年に筆者は『みんなの朝ドラ』(講談社現代新書)という朝ドラ研究の新書を上梓した。そこでトライしたことは、2010年以降の朝ドラを中心に女性の生き方の歴史とドラマの関連性を読み解くことだった。取り上げた作品数は11作。
主として2011年以降に放送された作品を取り上げ、例外として31作目にして今後この作品を超えるものはないであろうほどの朝ドラの絶対王者となった、明治、大正、昭和を生きた女性の一生を描く『おしん』(1983年度)、2000年代、最初の作品でシングルマザーを描いた先見性のある『私の青空』(2000年度前期)を加えた。あとの9作は、女性が男性を超えるときの男性の尊厳にも着目した『カーネーション』をはじめとして、地元で生きることを選ぶ『あまちゃん』(2013年度前期)、専業主婦の『ごちそうさん』(2013年度後期)、道ならぬ恋を肯定的に描いた『花子とアン』(2014年度前期)、国際結婚夫婦の『マッサン』(2014年度後期)、現代の十代のなりたい職業ナンバーワンのパティシエを目指すなろう系とも言える『まれ』(2015年度前期)、男社会の中、男性と並んで実業家となる『あさが来た』(2015年度後期)、生涯独身ヒロインの『とと姉ちゃん』(2016年度前期)、第一次ベビーブームの『べっぴんさん』(2016年度後期)と並ぶ。
『ネットと朝ドラ』はヒロインたちの属性を時代の要請によるものと見做した『みんなの朝ドラ』とは違う視点を意識したものになる。『みんなの朝ドラ』で主として取り上げた作品が「朝ドラ2.0」だとしたら本書が俎上に載せるのは「朝ドラ3.0」である。
長きにわたる朝ドラを便宜上、以下のように考えてみたい。
朝の連続テレビ小説時代(黎明期)
連続テレビ小説時代=朝ドラ時代(1996年度後期『ふたりっ子』以降) テレビから一方的に受け取る時代
朝ドラ2.0(2000年 8時00分開始以降) ドラマをSNSで双方向に楽しむ時代
朝ドラ3.0(2017年以降) ドラマをSNSを通し視聴者それぞれが朝ドラ語りを細分化していく時代
なぜ、2017年以降を定義したか。それには理由がある。2017年から18年にかけて朝ドラに関する新書が一斉に3冊発売された年である。拙著が2017年5月、他に9月、18年の4月と出た。それだけ朝ドラ語りが一般化された証であろう。
拙著『みんなの朝ドラ』で、震災をきっかけに多くの人が使うようになったTwitterが『あまちゃん』以降、朝ドラをみんなで語らうツールになったと指摘した。ドラマにとってTwitterが格好の宣伝ツールとなった2013年以降、ドラマが積極的にSNSを意識したつくり方にシフトしてドラマとSNSの双方向性を楽しむものになっていった。それが朝ドラ2.0であると考える。このスタイルが極まっていくにつれ、よりユーザーの個人的な〝自分ごと〟に物語が回収されていくのが見てとれる。朝ドラヒロインがロールモデルを描き、視聴者が一般的な話として見てきたものがSNSを介するうちに〝自分ごと〟になっていくのだ。自分だけの朝ドラ語りが確立されていく。それが3.0だ。
次章から1作ずつ分析していく前に、ここで大まかに、本書で主に取り上げる各作品の属性を紹介しておきたい。