『ククルス・ドアンの島』はなぜ映画として蘇ったのか 安彦良和監督に制作の裏側を聞く
2時間の映画にするために考えたこと
――ククルス・ドアンという人物をどのように捉えていますか?
安彦:抜け忍みたいなものですよね。今風に言うと脱走兵なんですが。TVアニメから変わったのは、彼が匿ってる子どもの数が増えたという点と、それからもうひとつ、この島にはある秘密があるということ。脱走兵が戦災孤児を匿っているというのはとても尊い行いではあるんだけど、ただそれだけでは映画としてドラマが持ちこたえられない。そして一年戦争という大状況の中で彼の行動がどういう位置づけになるのか? そういう重みが欲しかったんです。そこにドアンの島の秘密というのが関わっています。
――映画ではドアンを追跡するサザンクロス隊という、ジオン軍の新キャラクターが設定されています。ドアンの昔の仲間たちが、彼の命を狙ってやってくるという設定がスリリングで良いですね。
安彦:漫画家のおおのじゅんじさんが『ククルス・ドアンの島』という作品を描いていて、これが最初にお話しした“なぜいまククルス・ドアンを作るのか”というのに繋がってくる、きっかけの元にもなっているんです。その漫画は題名こそアニメ版と同じだけどストーリーラインは全く違うものでして、抜け忍のドアンに対して、かつての仲間が憎悪とか執念とか、色々な感情を掻き立てながら追ってくる。それを読んだとき、ああ良いなぁと思いましてね。サザンクロス隊の設定はそこから戴いています。おおのさんとはまだお会いしたことがないので、今度会った時に「戴きました」って挨拶しなきゃいけないんだけど(笑)。
――元になっているTVアニメのエピソードは正味20分ちょっとしかないのですが、それを長編映画に仕立てるにあたって、どの辺を膨らませようかといった構想はありましたか?
安彦:ええ。アムロが捕虜……というのはちょっと違うけれど、戦いに負けて捕虜に近い形で島にいるわけですが、子どもたちは「なんであんな奴を助けるんだ」とか言って白い目で見る。そういったアムロを取り巻く状況がマイナスの所から始まって、最後は互いに笑顔で別れて行く。そこに至るまでのドラマは大変厚いものになるはずなんです。いかにアムロが子どもたちに受け入れられて、仲良くなって、手を振って別れるような関係になれるのか? 確かに先ほどおっしゃったように、もともとは20分ほどの短いお話ですから、最初はこれを映画にできるかなぁと思ったのですが、シナリオに取りかかった時から「この話は長くなるぞ」と。外向きには“水で薄めて叩いて伸ばす”なんて冗談で言っていましたが、普通にやっても長くなる話だと分かったんです。絵コンテに起こしていく段階では2時間を超えそうだったんですが、長すぎるところを切っていきました。
――TVアニメの放送では第15話にあたるエピソードですが、映画ではTVアニメの第29話以降となるジャブロー戦の後ということになっています。時系列が変わっているのは何か狙いがあるのですか?
安彦:この映画に『THE ORIGIN』とは付いていませんが、漫画の『THE ORIGIN』を連載している時から自分なりに時系列は整理したつもりで、つまりこれは第15話ではない、っていうのが最初からあるんです。それはククルス・ドアンの島ってどこにあるんだろう?というのにも関係しているんですね。オデッサ戦とジャブロー戦の話を入れ替えたのは、僕が『THE ORIGIN』でTVアニメから一番大きく変更した部分です。ジオンはジャブローで連邦を攻めあぐねてオデッサで負けるんだと、TVアニメの流れのままのはずがないというわけです。そうなるとこのククルス・ドアンの話は、時系列的にジャブローとオデッサの間に入る話になるんです。ジャブローとオデッサの間を繋ぐ場所といったらカナリア諸島しかないわけですよ。だからカナリア諸島近郊で舞台になる島を探すところから始まっています。
――なるほど、だから『THE ORIGIN』で既に戦死したリュウはホワイトベースにいないんですね。TV版ではずっと後半に加わるスレッガーが映画に登場しているのも、ジャブローから乗艦していた設定からですか。
安彦:そういうことですね。ホワイトベースのチームって子どもばかりなので、不自然といえば不自然なんですよ。だからブライトの年齢もTVアニメよりちょっとあげて、中間管理職的な立場にしています。ブライトは長年演じてくれた鈴置洋孝さんが亡くなられたので、『THE ORIGIN』では成田剣さんにお願いしたのですが、台詞が少なくて成田さんのお声をあまりいただけなかったものですから、今度の映画ではブライトの芝居を増やしています。
――先ほど舞台になる島探しのお話が出ましたが、その辺りをもう少し詳しく教えてください。
安彦:無人島だからGoogle Mapのようにストリートビューはないのだけど、PCで色々な島が探せるんですよ。僕は検索の仕方がよく分らないんだけど、PCをいじっていると偶然出てくるんです。「あっ、灯台があった」「おっ、この崖はいいな」とかね。今はネットで検索すると、誰にでもモデルの島が分かってしまうから、逆にどこに嘘を入れようかというのが困ったところではあるんです。灯台と地下の空洞がある島は実際にあるんです。ほとんどあの映画のままですよ。ちょっと(映画より)小さいですけどね。今はアニメファンの聖地巡礼っていうのがあるでしょう。だから行けるものなら行ってみなって(笑)。いやそれは冗談ですけど。船をチャーターしないと行けない場所にありますが、実在する島です。
――安彦さんはアニメ業界から去られて漫画家として活動してきましたが、OVAの『THE ORIGIN』と、今度の映画で久々にアニメの現場に戻って来られました。今後ガンダムに捉われずに、またアニメの仕事をやってみようと思われてますか?
安彦:いや、それはもうないですね。ずっとガンダム限定、しかも僕の場合はファーストガンダム限定ですから、アニメ界に戻ったといっても片足だけ、という感じです。本職は相変わらず漫画家ですから。到底アニメになんかできないような漫画ばかり描いています。だから本当にもう、これが最後だろうと思います。まぁ歳も歳だしね(笑)。
■公開情報
『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』
全国公開中
企画・制作:サンライズ
原作:矢立肇、富野由悠季
監督:安彦良和
副監督:イムガヒ
脚本:根元歳三
キャラクターデザイン:安彦良和、田村篤、ことぶきつかさ
メカニカルデザイン:大河原邦男、カトキハジメ、山根公利
総作画監督:田村篤
美術監督:金子雄司
色彩設計:安部なぎさ
撮影監督:葛山剛士、飯島亮
3D演出:森田修平
3Dディレクター:安部保仁
編集:新居和弘
音響監督:藤野貞義
音楽:服部隆之
製作:バンダイナムコフィルムワークス
主題歌:森口博子「Ubugoe」(キングレコード)
配給:松竹ODS事業室
(c)創通・サンライズ
公式サイト:https://g-doan.net/