このロシア映画を観よ 『インフル病みのペトロフ家』から戦争予言作『ドンバス』まで

必見ロシア映画がたて続けに公開

 人類最大の脅威は、戦争と疫病である。太古の時代からこの2つの災厄によって人類は痛めつけられ、人口を激減させ、それでもなんとか命脈を保ってきた。2022年現在、私たちの世界はその2つの災厄に見舞われている。

 しかし、戦争と疫病が世界から消えたことなど一度としてなかった。環境汚染の影響ゆえだろうか、今回のパンデミックの手強さは人類の想像を超えていたし、次回のもっと手強いパンデミックが発生したあかつきには、今度こそ人類は耐えることができないのではないか。そしてロシア・ウクライナ戦争。ロシアの隣国への侵攻および容赦ない破壊行為はいかなる弁解の余地もない蛮行であり、人類に対する凶悪な挑戦と言える。

 時に一部の識者からは「どちらの権力も支持しない」などといった悪しき相対主義が叫ばれもするが、このような言説が役に立つことはないだろう。けがれなき正義を体現する国家権力などこの世に存在しないのはもちろんだが、だからと言ってロシアの蛮行を相対化することは悪しき概念操作にすぎない。

 最悪のロシアの蛮行をスマホのニュース動画で見て顔をしかめたある日の午後、それでも私たちは読みかけのドストエフスキーの小説をくずかごに投げないでおく胆力を持つべきであるし、夕方になれば劇場に出かけて行ってチェーホフ演劇に感動する度量も失うべきではない。そして夜更けには、ウストヴォリスカヤがロストロポーヴィッチのために書いたチェロとピアノのためのソナタをターンテーブルに乗せながら一日を締めくくる生活を中止すべきではないのである。

 偶然か必然か。そして、幸か不幸か。こともあろうにこのご時世において、見逃してはならない重要なロシア映画が続々と日本公開されている。おそらく今後は日露間の貿易が途絶えて、公開本数は激減することになっていくのだろうが、この激動の時代に公開される重要なロシア映画について記しておきたいと思う。

『親愛なる同志たちへ』(c)Produced by Production Center of Andrei Konchalovsky and Andrei Konchalovsky Foundation for support of cinema, scenic and visual arts commissioned by VGTRK, 2020

 まず、4月8日に公開されて全国順次上映されている『親愛なる同志たちへ』。今年86歳となるロシアの巨匠アンドレイ・コンチャロフスキー監督の新作だ。冷戦時代のソビエト南部で起きた虐殺事件は、ソビエトが崩壊するまで30年間隠蔽されてきた。この史実を掘り起こし、モノクロ・スタンダード画面に凝縮した、異常な緊張感をたたえた傑作である。本作については筆者が先日、本サイトでリモートインタビューをおこなった(巨匠A・コンチャロフスキー、最新作『親愛なる同志たちへ』、そしてウクライナ侵攻を語る)。映画を理解する上で非常に重要な口述録となったので、ぜひそちらもお読みいただければ幸いです。

 『親愛なる同志たちへ』も傑作だが、それ以上の超絶的な傑作が4月23日から東京のシアター・イメージフォーラムほかで公開されている。ロシアの奇才キリル・セレブレンニコフ監督の新作で、昨年のカンヌ国際映画祭でフランス映画高等技術委員会賞に輝いた『インフル病みのペトロフ家』。セレブレンニコフは旧ソ連時代のレニングラードに実在した伝説的ロックバンド、キノを描いた『LETO -レト-』(2018年)がすでに日本公開されており、はかない夏の光を惜しむかのような感傷に満ちた『LETO -レト-』も好評を博したけれども、今回の『インフル病みのペトロフ家』は、ワンカットワンカットの緊張感、迫真性が比べものにならない。

『インフル病みのペトロフ家』(c)2020 – HYPE FILM – KINOPRIME – LOGICAL PICTURES – CHARADES PRODUCTIONS – RAZOR FILM – BORD CADRE FILMS – ARTE FRANCE CINEMA – ZDF

 この作品はインフルエンザにかかって体調悪化したペトロフという男の虚実まじえたオデッセイである。満員のバスで激しい咳をしながら降ろされたペトロフは、政治局員の裁判なしの銃殺を手伝わされる。バスに戻った彼は、霊柩車で酒盛りする旧友のイーゴリに誘われるまま、またバスを降り、霊柩車で泥酔する。セレブレンニコフいわく、この作品はペトロフの24時間を追ったものだというのだが、それはどう考えても計算が合わない。物語はいく昼夜にわたっているし、途中でペトロフの幼年期であるブレジネフ政権下のソ連社会が甘苦いノスタルジーと共に懐古されたり、小説家志望の同級生の自殺幇助をさせられるソ連崩壊後の1990年代にも巻き戻る。時間軸はダイナミックに行きつ戻りつ、伸縮し、1エピソードがのちに出てくる別のエピソードの一部を形成したり、互いにのり付けされたり、編み目が重なったり、インデックスが再定義されたり、幻想と現実が入り混じったり、吐き気をもよおす悪夢が意外と甘美な匂いを発し始めたり、あげくには、霊柩車内に安置されていた遺体が、酒飲みどものドンチャン騒ぎに業を煮やしたか、元気よく脱走してみせたりする。

 『インフル病みのペトロフ家』の監督キリル・セレブレンニコフは、以前から反プーチン派の代表的な芸術家として、当局から弾圧を受けてきた。『インフル病みのペトロフ家』も、いわれのない罪状による執行猶予の自宅軟禁時に書いたシナリオによるものだ。セレブレンニコフは現在、ドイツに亡命し、活動を続行する意志を表明している。出演俳優たちの中にも、ウクライナ侵攻に抗議し、外国への亡命を余儀なくされた人たちがいる。

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