『親愛なる同志たちへ』に凝縮された国家と個人の戦い “ミクロな物語”を知る大切さ

今こそ観るべき『親愛なる同志たちへ』

文化にも罪がある

 しかし、本作は芸術や文化もまた国家の動員に利用され得ることも描いている。

 ソ連は、この事件を30年間隠ぺいし続けた。惨劇後、流血に染まった広場のアスファルトを水で洗い流す作業を見せるカットがある。台詞のない静謐なカットだが、国家の姿勢を雄弁に物語る見事なカットだ。

 水では流血跡をぬぐい切れないことがわかると、今度は新しいアスファルトで道路を埋めてしまう。国家の隠蔽操作はそれだけにとどまらない。翌日にはその広場でダンスパーティを開催するのである。これは、文化が市民の目くらましに利用される例だろう。

 国家と文化を語る上で、プロパガンダも外すことはできない。主人公のリューダは、とあるミュージカル映画の歌を口ずさむ。惜しげもなくソ連を讃えたその歌が出てくる映画のタイトルを彼女は思い出せないが、歌だけは頭にこびりついていると言う(1947年公開『恋は魔術師』という映画)。

 本作自体はミクロな物語を忘れないための文化の本義に忠実だ。だが、文化も時に動員に利用され罪を犯す。その痕跡もまた本作の中に存在している。このように、冷静に当時のソビエト社会を見つめる姿勢が本作を特別なものにしている。

 モノクロ・スタンダードサイズの映像は、当時の雰囲気を見事に再現し、観客を惨劇の目撃者に変えていく。世界は小さな物語の集積でできている。今、世界情勢に触れる時にもこの映画が描くような小さな物語へのまなざしを忘れずにいるべきだ。本作は、そんな大切なことを思い出させてくれる。

■公開情報
『親愛なる同志たちへ』
4月8日(金)全国公開
監督・脚本:アンドレイ・コンチャロフスキー
出演:ユリア・ビソツカヤ、ウラジスラフ・コマロフ、アンドレイ・グセフ
配給:アルバトロス・フィルム
2020年/ロシア/ロシア語/121分/モノクロ/スタンダード/5.1ch
(c)Produced by Production Center of Andrei Konchalovsky and Andrei Konchalovsky Foundation for support of cinema, scenic and visual arts commissioned by VGTRK, 2020
公式サイト:shinai-doshi.com

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