『カムカムエヴリバディ』感動と愛に満ちた奇跡の15分 「I hate you」から「I love you 」へ
『カムカムエヴリバディ』(NHK総合)第111話。現代、ついに始まるひなた(川栄李奈)のラジオ英会話番組「サニーサイドイングリッシュ」。ブースの机の反対側には、満を持して登場した本作の「語り」を担当する城田優の姿が。しかも、彼の演じている役の名前を聞いたとき、息を呑んだ人も多かったに違いない。ウィリアム、その名の愛称は“ビリー”。言われてみればかなり面影がある。ともにラジオ英会話を作っていく彼は、かつて映画村や回転焼き屋「大月」に現れた、あのひなたの英語のきっかけとなった初恋の少年ではないのだろうか。
きっかけとともに、挫折も意味するあの出会いと別れ。思えば、公式サイトには、稔(松村北斗)と錠一郎(オダギリジョー)が安子(上白石萌音)やるい(深津絵里)にとって「運命を大きく動かしていく」男と記載されていたのに対し、五十嵐(本郷奏多)は「将来の進路に迷うひなたを、大いにかき乱し続ける」男だった。そう、キャスティングディレクターになり、のちに英語講座の先生になったひなたにとっての「運命を動かした相手」は、アニー・ヒラカワ(森山良子)だったのかもしれないが、そもそも英語の分野に身を置くことを発想させたのは、他でもないビリーだったのである。
そんな彼と今、彼女は英語講座を始める。なんとも感慨深い巡り合わせかと思いきや、初回放送が始まるとウィリアムは「A long time ago……」と話し始めた。そう、これは『カムカムエヴリバディ』第1話で城田が務めたナレーションの出だしと全く同じなのである。つまり、私たちがこれまで見聞きしていたものは、ひなたが講座で聞かせてくれていた祖母と母、そして自分の物語ということになるのではないだろうか。そう考えれば、ひなた編の後半で“ひなたのナレーション”が増えた演出にも繋がりが見えてくる。
そんなふうに始まった第111話は、他にもこれでもかというくらい情緖的な演出が盛りだくさんで、15分間の放送とは思えないほど多くの感動と愛を私たちに与えてくれた。オープニング映像に至っても、これまではバラバラの道を歩いていた三世代の親子が、今回初めて一つの線を一緒に歩くという変更がされていたのである。そう、ようやく安子、るい、ひなたが一つの場所に集まることができた。
かつて戦争で建物が崩壊し、焼けただれた街の残骸の中を、赤ん坊のるいを背負って歩く安子のショット。それと重なるように、ひなたが足を痛めた安子をおぶって商店街を歩くショットに移行される。これは、かつて瓦礫ばかりだったあの街と同じ場所を歩いていることを意味しており、そこに今は商店街があること、つまり復興も意味している。それと同時に、これまでずっと自らのひなたの道から逃げてばかりきた安子を、ついに“ひなたが”離さないという構図にもなっている。
2人が会場にたどり着くと、安子を迎えたのは昔、英曲を歌うことが許されない戦禍で愛娘に聴かせて歌った曲であり、最愛の人との大切な曲。それを、生き別れた娘のるいがおでこを出して歌っているのだ。ステージに立つギリギリ前までいつも通り隠れていたおでこの傷を、もうるいは隠さない。それは母に気持ちを届ける祈りの行為でもあった。そして、ようやく目の前に現れた母に絶句するも、震える声で力強く歌い上げると、るいはステージを降りて安子を抱きしめた。そして告げる。ずっと言い直したかったあの言葉を。
「I love you」
雨が降る中、ずぶ濡れになって恨みの目を持ちながら「I hate you」と言った幼いるいは、もう安子の心には居なかった。過去の映像であるのは、あの時から安子の中でるいとの時が止まっていることを示唆している。しかし、今は空が晴れ、戸を開いてくれた娘が笑顔で家に招いてくれる。愛の言葉とともに、彼女の心に招かれた。そう思えたかつての安子は、ようやくあの瞬間から解放され、笑顔になれたのである。