雪衣は視聴者の分身? 『カムカムエヴリバディ』で感じる朝ドラが持つフィクションの力
第95話。算太(濱田岳)の遺骨を抱えて岡山の雉真家へ家族と共に里帰りしたるいは、叔父の勇(目黒祐樹)と雪衣(多岐川裕美)と再会する。
ここでひなたは祖母の安子と雉真家の間に起きたことを改めて聞かされる。ひなたの疑問に勇たちが答えていく場面はミステリー小説における謎解きパートのようだが、真相を知らないのはひなたたち大月家の人々だけで、視聴者にとっては安子編の結末で見てきた物語の再確認となっている。
『カムカム』の面白さは“逆ネタバレ”とでも言うような状態が延々と続いていることで、ひなたたちの歴史や人物相関図については視聴者の方が実は詳しかったりする。
だから勇と雪衣の語る言葉に目新しい要素はほとんどない。だが、2人の後悔は、はっきりと伝わってくる。その意味でもこの岡山編は『ファミリーヒストリー』的な謎解きというよりは、各登場人物の中にある抑圧された感情の交通整理といった感じで、懺悔による集団セラピーを見ているかのようだった。
第97話。岡山で迎えた終戦記念日に、るいは父・稔(松村北斗)の幽霊と再会し、ひなたはNHKラジオ英語講座講師・平川唯一(さだまさし)の幽霊(?)から英語を学ぶ上で大切なことを教わる。
英語が喋れるようにならないと悩んでいるひなたに対して平川は「み~んな、英語の赤ちゃんなんですから」と伝え、赤ちゃんが言葉を覚えるように英語を習おうと言う。
「ただ全てを急がずに無理をしないで自然に覚えられるだけ、一日一日と新しいことを覚えていけば」
平川は英会話を学ぶ姿勢について、こう語る。これは、大部屋俳優の伴虚無蔵(松重豊)の「日々鍛錬し、いつ来るともわからぬ機会に備えよ」という言葉にも通じる考え方だが、一日一日の地道な積み重ねが、やがて本人にとって大きな意味を持つということを、本作は形を変えて描いている。
雪衣にとっては、第1作の『娘と私』から延々と観続けている朝ドラがそういう存在だった。
「好きなんじゃ。1日15分だけのこの時間が」
「たった15分。半年であれだけ喜びも悲しみもあるんじゃから、何十年も生きとりゃ、いろいろあってあたりめぇじゃ」
第98話。同じように朝ドラを見続けている錠一郎に対して雪衣はこう語る。おそらく雪衣は、朝ドラを観ている視聴者の分身なのだろう。何より、雪衣にも劇中では描かれていない時間が確かに存在したことが伝わってくる台詞で、ここにも時間の手触りを感じた。
1日15分という朝ドラを観ている時間が、彼女の人生に何をもたらしたのかはわからない。だが、若い時よりも穏やかな顔となった雪衣を見ていると、1人の女性の時間に長く寄り添ってきた朝ドラが持つフィクションの力は決して侮れないものだと、改めて感じる。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
※土曜は1週間を振り返り
出演:上白石萌音、深津絵里、川栄李奈ほか
脚本:藤本有紀
制作統括:堀之内礼二郎、櫻井賢
音楽:金子隆博
主題歌:AI「アルデバラン」
プロデューサー:葛西勇也・橋本果奈
演出:安達もじり、橋爪紳一朗、松岡一史、深川貴志、松岡一史、二見大輔、泉並敬眞ほか
写真提供=NHK