舞台『ウエスト・サイド・ストーリー』をいかに映画に昇華? 胸が熱くなる2つのポイント
ポイント2:「サムウェア」をバレンティーナが歌う意味
今回の映画化でもっとも特徴的だと感じたのがリタ・モレノ演じるバレンティーナの存在。言うまでもなく、リタ・モレノは1961年公開の映画『ウエスト・サイド物語』でアニータ役を担い、アカデミー助演女優賞を獲得している。
舞台版、そして1961年公開の『ウエストサイド物語』でジェッツを抜け更生を目指す少年・トニーが働いているドラッグストアのオーナーは白人男性のドクだ。
が、今回のスピルバーグ版でドラッグストアを切り盛りし、トニーを支えているのはプエルトリコ系の女性、バレンティーナである。キャスティングが発表された当初、スピルバーグ監督は、アニータ役の印象が強烈すぎて、その後、ハリウッドで作品に恵まれなかったリタ・モレノへの賛辞とある種の贖罪としてドクを女性に置き換え、彼女を配役したのかとも思ったが、そんな単純な話ではなかった。
劇中の楽曲「サムウェア」。恋人・マリアに懇願され、ジェッツとシャークスの決闘を止めに行ったトニーが、兄弟分のリフを刺された怒りから瞬間的にマリアの兄・ベルナルドを殺した直後にマリアのもとを訪れ、追い詰められた状態の2人が結ばれる時に歌われナンバーだ。「誰もが憎しみあわず、すべてが許される世界がどこかにきっとある」との歌詞は、本作のメインテーマともいえる。
劇団四季などの上演版では美しいバレエシーンの中、女性ソプラノによってこの曲が歌唱され、2019~2020年のIHIステージアラウンド上演版ではトランスジェンダー男性のエニィボディズによってこのナンバーが歌われた。また、オリジナルの映画版で「サムウェア」をデュエットするのはトニーとマリア本人たちだ。
そんなメインテーマ的な楽曲を今回のスピルバーグ版ではバレンティーナが歌う。さらに歌の途中で古い写真立てが映し出され、そこには在りし日のドクとバレンティーナが並ぶ姿が見える。つまりバレンティーナは今は亡きドクと結婚していて、トニーとマリアがロミオとジュリエットのように恋に落ちるずっと以前から、アメリカ人コミュニティとプエルトリコ系移民とを繋ごうとしてきた人物という設定なのである。それを白人至上主義のエンターテイメント業界で長きに渡って戦い、アカデミー賞、トニー賞、エミー賞、グラミー賞の総てを獲得してきたリタ・モレノが演じ「サムウェア」を歌うギミック!
たとえば「クール」を歌うメンバーにトニーが入っていたり、決闘の場所が塩工場になっていたりと舞台版やオリジナル映画版からの設定変更はいくつもあったが、個人的には2020年代にスピルバーグが『ウエスト・サイド・ストーリー』をよみがえらせた大きな意味は先に挙げた2つではないかと考える。
1961年公開の『ウエストサイド物語』はもちろん、80年代からさまざまな主催で上演される舞台版を観てきた1人として、今回のスピルバーグ監督版『ウエスト・サイド・ストーリー』には大きな拍手を贈りたい。アニータがリードを取り、街全体を巻き込んで歌う「アメリカ」には血が騒いだし、マリアが「大学に行って勉強したい」とアメリカで自立しようとする設定が足されたのも良かった。
ミュージカルクラシックスでありながら、2020年代の価値観とオリジナル版の映画や舞台版へのリスペクトをプラスすることで“現在”の物語へと生まれ変わった『ウエスト・サイド・ストーリー』。やはり最高である。
■公開情報
『ウエスト・サイド・ストーリー』
全国公開中
製作:監督:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:トニー・クシュナー
作曲:レナード・バーンスタイン
作詞:スティーヴン・ソンドハイム
振付:ジャスティン・ペック
指揮:グスターボ・ドゥダメル
出演:アンセル・エルゴート、レイチェル・ゼグラー、アリアナ・デボーズ、マイク・ファイスト、デヴィッド・アルヴァレス、リタ・モレノ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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