舞台『ウエスト・サイド・ストーリー』をいかに映画に昇華? 胸が熱くなる2つのポイント
スティーヴン・スピルバーグが監督したミュージカル映画『ウエスト・サイド・ストーリー』が公開中だ。本作は1957年、レナード・バーンスタイン、ジェローム・ロビンスらのクリエイターによってブロードウェイで舞台初演。1961年にはナタリー・ウッド、ジョージ・チャキリス等の出演で映像化されており、今回が2度目の映画化となる。
ただ、配給会社等のリリースを見ても、スピルバーグ監督版の『ウエスト・サイド・ストーリー』に“リメイク”との文字は見つけられない。というのも、スピルバーグ自身が「1961年公開の映画をリメイクしたのではなく、舞台(ミュージカル)版を基にしている」と語っているからだろう。
ということで、本稿では舞台版とスピルバーグ監督の映画版とを並べながら、『ウエスト・サイド・ストーリー』を2022年に鑑賞するポイントを読み解いてみたい。なお、本文では物語の展開に触れているため、その点ご留意いただければ幸いである。
ポイント1:1950年代の社会を2020年代に映し出す
スピルバーグ版の映画で最初に映るのはスラム街の建物が壊される様子。これは街を再開発し、美しい景観を確保した上で収入レベルの高い居住者を呼び込む方策、いわゆるジェントリフィケーションが1950年代のニューヨークの西側で進んでいることを示している。
そんな再構築が行われようとしている街で、行き場を失ったふたつのチームの若者たちが争っている。ひとつは白人系のジェッツ、もうひとつはプエルトリコからの移民、シャークスだ。
スピルバーグ版で特徴的だったのはこのふたつのグループの描かれ方。まず、舞台版では仕事が曖昧だったシャークスのリーダー、ベルナルドがボクサーという設定になっており、同じく舞台版で彼の右腕だったチノがシャークスには入っていない(チノは昼間働きながら夜学で会計学を学んでいる)。この設定変更でわかるのは、プエルトリコからの移民一世である彼らはただの不良少年ではなく、アメリカに生活者として根付くため、足元を固めようとしていること。また“家族”という単語を発する時の彼らからは“結束”の意図が感じられる。
かわって白人系のジェッツ。こちらはメンバー全員が家庭環境に恵まれていない。劇中のナンバー「クラプキ巡査どの」ではジェッツのメンバーたちが半ば自虐的かつコミカルに親や家族と隔絶された自分たちの荒んだ境遇を歌う。
じつはジェッツの少年たちもそのルーツは東欧からの移民である。メンバーたちはアメリカで生まれたが、その親や祖父、祖母は大陸を渡りアメリカにやってきた人々。つまり、富裕層のために再構築されようとしている街で居場所がなくなった新旧の移民グループの少年たちが争っているのである。
この点を頭に入れて本作を鑑賞すると、これが単純な「アメリカ人VSプエルトリコ系移民」対立の物語でないことが浮き上がってくるはずだ。