誰もが主役の『カムカムエヴリバディ』 タイトルに隠された「みんないらっしゃい」の精神
群像劇が白眉だった第18週では、年齢を重ねて仕事が減ってしまった“こじらせ女優”の美咲すみれ(安達祐実)の再起も描かれる。条映業務部の榊原(平埜生成)が、すみれの最後のチャンスとして『京都茶道家殺人事件』というステージを企画した。その役作りのために、茶道の稽古をつけてほしいと一恵(三浦透子)に頼む。
すみれへの茶道の特訓風景に、虚無蔵に稽古をつけてもらう五十嵐(本郷奏多)の鍛錬の様子がカットバックする。こうした地道な作業の積み重ねが自らの身を助ける。特訓の甲斐あってステージを成功させたすみれは、やがてシリーズものの2時間ドラマの主役を勝ち取る。
そして地道な作業の積み重ねは、他の誰かを助ける。毎日変わらず焼き続ける、るいの回転焼きが、死体役ばかりで心が折れそうだった五十嵐を助け、モモケンに父の言葉を思い出させた。虚無蔵のような職人気質の斬られ役がいてこそ、主役が輝く。
すみれを支え続ける榊原の「たとえ7年後に地球が滅亡するとしても、僕は今、映画村の来場者数を増やしたい」という矜恃が胸を打つ。主役を支える斬られ役がいて、さらに斬られ役を演じる大部屋俳優たちを支える榊原のような人がいる。
二代目モモケンが「私だけの左近」を探すためのオーディションに勝ち残った武藤蘭丸(青木崇高)も、左近役に選ばれるまでは無名の大部屋俳優だったのだろう。そこにたどり着くまでには何百回という、役名すらつかない地道な仕事の積み重ねがあったはずだ。
週半ばでは時代が8年スキップして27歳になったひなたが、変わらず条映の業務部で働いている。何をやっても長続きしなかったあのひなたが、地道に同じ仕事を続けている。
このドラマは、すべての「名もなき人たち」への讃歌だ。安子・るい・ひなた、3人のヒロインを筆頭に、このドラマに「レッドカーペットが敷かれた“王道”のど真ん中」を歩く人はひとりも登場しない。けれど、「モブ」もいない。そしてそのすべての人生が尊い。これが藤本有紀作品の真骨頂ではないだろうか。
皆がそれぞれの人生を生き、悩み、ぶつかりながら、自分らしい「ひなたの道」を探してゆく。同じ『カムカムエヴリバディ』の世界の中で生きる多様な登場人物たちが、「時代」という巨大なうねりを、全員で“大玉転がし”するのを見ているような感覚。これは「100年の物語」を描くにあたって、とても重要なことなのではないかと思う。
『カムカムエヴリバディ』というタイトルが、母娘三代をつなぐラジオ英語講座のタイトルに由来しているのは周知のとおりだが、この作品を貫く「みんないらっしゃい」という姿勢をも表しているように思えてくる。
安子編のキービジュアルに乗せられたキャッチが、いみじくもこの作品の本質を物語っているではないか。「これは、すべての『私』の物語。」、つまり、このドラマを観ている私たちの物語でもあるのだ。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
※土曜は1週間を振り返り
出演:上白石萌音、深津絵里、川栄李奈ほか
脚本:藤本有紀
制作統括:堀之内礼二郎、櫻井賢
音楽:金子隆博
主題歌:AI「アルデバラン」
プロデューサー:葛西勇也・橋本果奈
演出:安達もじり、橋爪紳一朗、松岡一史、深川貴志、松岡一史、二見大輔、泉並敬眞ほか
写真提供=NHK