誰もが主役の『カムカムエヴリバディ』 タイトルに隠された「みんないらっしゃい」の精神

『カムカム』のタイトルに込められたもの

 約1分50秒。これは、第83話でヒロイン・ひなた(川栄李奈)が映った合計分数である。発した言葉といえば、短い台詞がたったの7つ。そのうち「えっ?」が2回。こんな回があっていいのだろうか。いや、こんな回があるから『カムカムエヴリバディ』(NHK総合)は面白い。

 第18週「1984-1992」では、サブキャラクターたちの人生が胸に迫った。ヒロインを若木に例えるなら、それを囲む森がある。雨が若木に命の水を与え、太陽の光がその葉を育てる。風が吹いて葉が落ちて土を作り、若木はその養分を吸収して成長する。ひなたが、周囲の人々から様々な“栄養”と、人生のヒントをもらうエピソードが散りばめられた週だった。これも半年間にわたる朝ドラならではの醍醐味だろう。

 リメイク版『妖術七変化!隠れ里の決闘』の左近役オーディションの場で繰り広げられた、二代目・桃山剣之介(尾上菊之助)と伴虚無蔵(松重豊)による殺陣。その魂のぶつかり合いに、視聴者もひなたと同じ目線になって息を呑みながら見入ったはずだ。

 一世一代の組み合いに重なるのは、大スターが密かに抱え続けた“暗闇”。殺陣をやりきった二代目モモケンが「これが、父が見た景色なんですね」と思わずこぼした瞬間。その表情は、父との確執や、父を超えられないことへの葛藤、そして、父が左近役に選んだ虚無蔵への嫉妬も、すべて昇華させたことを窺わせる、晴れやかなものだった。

 対する虚無蔵は20年もの間、自分は桃山親子の喧嘩に巻き込まれ、父から息子への当てつけのために利用されたのだと勘違いして、思い詰めていた。しかし、二代目モモケンの真実の告白により、初代モモケンはひとえに虚無蔵の実力を評価して抜擢したのだと知り、彼の魂もまた解き放たれる。

 サイン会の際に小学生のひなたらから差し入れられた大月の回転焼きを食べて救われたことを、モモケンがひなたに打ち明ける。丸くて甘い回転焼きは、旧知の仲である算太(濱田岳)から教わった「あんこのおまじない」を彷彿とさせ、そこから先代である父の「志を失わなければ、侍にだってなんだってなれる」という口癖を思い出した。そして、父の思いを悟ったのだという。

 「あんこのおまじない」の「おいしゅうなれ」はつまり、「自分の道を見つけて励んで、そして幸せになれ」ということなのかもしれない。杵太郎(大和田伸也)が亡くなる間際に、安子(上白石萌音)に向かって「幸せになれ、幸せになれ」と何度も繰り返していたのが思い出される。

「親父っちゅうんは一筋縄ではいかんもんじゃ。許しとるようで許しとらん。許しとらんようで許しとる」

 算太が自分自身にも言い聞かせるように二代目モモケンにかけた言葉は、かつて、父・金太(甲本雅裕)が天に召される直前に見た幻影とも重なる。勘当以来、会うことが叶わなかった金太と算太が、本当は深いところでわかり合っていた。視聴者はそれを知っている。言えなかった言葉、後になってわかる思い。「親子」という歴史の繰り返しを通じて、この作品は広く「人類の物語」を描いているようにも思える。

 金太と算太、桃山親子による「父と息子の物語」は、安子・るい(深津絵里)・ひなたによる「母と娘の物語」のクライマックスへの“前フリ”といえよう。「食べる人を幸せにしたい」という「たちばな」の理念は、杵太郎、金太、安子、るいへと受け継がれてきた。家を飛び出して何十年と経つ算太が誦じていた「あんこのおまじない」と、るいが作った回転焼きという、2つの“派川”がモモケンのもとで合流し、本流へと流れ込む展開が見事だ。

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