『恋せぬふたり』重なった咲子とカズの宣言 必要なのは「そういう人がいる」を知ること
冷静で理知的な羽と、感情豊かで人想いな咲子、そして強引さと素直さを持つカズ。マイノリティとマジョリティとが、お互いの「普通」について理解を深め合っていくように見えた3人。もしかしたら、このまま家族としてもうまくいくのではないかと思えるほど調和が取れつつあったが、そうはいかない。
この暮らしを通じてアロマンティック・アセクシャルな咲子を理解することができたというカズは、「俺でもよくない?」と提案してきたのだ。咲子が困るような性的な接触は一切しない、「したくなったら自分でする。だから恋愛抜きで家族になるの俺でよくない?」と。
この「俺でも」という言葉にも心が少しヒリッとした。それこそ受け取り方次第なのかもしれないが、そこには“性的な接触さえなければ誰とでも大丈夫なのだろう、だから俺とでも……”と捉えてしまったカズの考え方が垣間見えたような気がしたからだ。
当然ながら、どんなセクシュアリティを持つ人であっても、誰でもいいわけではない。性自認や性指向が同じでも、そのまま居心地の良さに繋がっているとは限らないのだから。それはマジョリティと呼ばれる部類の人だって同じこと。仮に趣味や味覚が合ったとしても、家族になれるわけではない。
そして、第2話で咲子が「頑張ります」と言っていた場面が頭をよぎった。同時に、家族をするために誰かが一方的に頑張ることへの違和感を話していた羽のことも。咲子と一緒にいるために性的な接触を我慢するというカズの宣言は、その「頑張ります」と同じなのではないか。
恋愛にはどこか暮らしの中にプラスを作り出すイメージがある。好きな人のために頑張り、その頑張りを愛だとして受け取るようなエネルギーの流れが。だが、プラスばかりを数えることを幸せとする人ばかりではない。不快と感じるマイナスをいかに減らしていくか、ゼロを基準にして安定した暮らしに幸せを見出す人だっている。
カズは咲子のことを納得したくて「あと何を知ればいいのか」と言っていたが、必要なのはセクシュアリティについての知識以前に、「わからないこと」を知ることなのかもしれない。世の中には、自分が考えてもいなかった“普通の幸せ”を持つ人がいるということ。それをすべて「納得させてほしい」と願うのは、少々傲慢なことなのかもしれないと。「そういう人がいる」を知る。それを理解し、納得するかはまた別の話なのだから。
そして、このカズの提案を受けた咲子自身もまた自分の中にある“普通の幸せ”をもう一度見つめていく必要がある。羽との頑張らない省エネな暮らしか、カズとの頑張るエネルギッシュな暮らしか。奇しくも、次回放送まで2週間ある。その間に、私たち視聴者も自分にとっての“普通の幸せ”をゆっくり考えてみてもいいかもしれない。
■放送情報
よるドラ『恋せぬふたり』(全8回)
第1話~4話イッキ見再放送
2月19日(土)1:01~(金曜深夜)放送
※北京オリンピック放送のため当日繰り下げの可能性があり
第5話:2月21日(月)22:45〜23:15
第6話:2月28日(月)22:45~23:15
第7話:3月14日(月)22:45~23:15
第8話:3月21日(月)22:45~23:15
出演:岸井ゆきの、高橋一生、濱正悟、小島藤子、菊池亜希子、北香那、アベラヒデノブ、西田尚美、小市慢太郎
作:吉田恵里香
音楽:阿部海太郎
主題歌:CHAI「まるごと」
アロマンティック・アセクシュアル考証:中村健、三宅大二郎、今徳はる香
制作統括:尾崎裕和
プロデューサー:大橋守、上田明子
演出:野口雄大、押田友太、土井祥平
写真提供=NHK