『あなたの番です 劇場版』はドラマ映画化の救世主になるか 見え隠れする作り手の遊び心

『あな番 劇場版』はドラマ映画化の救世主?

 その上で、簡潔に「番外編 過去の扉」がどのようなストーリーだったかを振り返ってみたい。構成としてはドラマ版のストーリーが終わった直後に翔太が南(田中哲司)の元を訪れ、かつて娘を黒島によって殺された彼が独自に調べ上げた黒島の過去を聞くというものだ。高校生だった黒島は、自身の中に潜む反社会性パーソナル障害の可能性に苦しみ、“普通”を求めていじめられっ子の内山(大内田悠平)に手を差し伸べ、数学に没頭し、それでも異常性を飼い慣らしきれずに少女を殺めてしまう。そして家庭教師と共に崖から身を投げるも、自分だけが助かる。劇場版において、かすかな希望の光となりうる黒島の感情の揺れの正体は、ドラマ版だけでは整理しきれずこの「番外編」の前提が必要であり、そして同時に先日放送された「SP版」のエピソードも必要となってくるわけだ。

 それゆえどうしたって、劇場版単体だけをまっさらな状態で観たら結論の部分に至るまで後出しジャンケンの連続に困惑するのは致し方あるまい。ストーリーの辻褄が合わないのは厄介な部分だが、ミステリーの解答編というのは得てしてそういうものだと捉えれば呑み込むこともできよう。ましてやドラマ版の放送時のようにSNS上で考察合戦を繰り広げる時間的余裕もなく、スクリーンに映る情報を自分ひとりで処理していかなければならず、もちろん見直しの時間もない。さながらそれは2時間20分の長尺なテストを受けている感覚に近いものがある。

 また、広大な海の中にぽつんとたたずむ客船というシチュエーションは、密室ミステリーの最もゴージャスな形式であり、あれだけ流行ったドラマの劇場版としては格好の舞台となりうる。船から遠海を見渡すショットよりも水中から船の中を見つめることで密室性を高め、どの部屋も同じような作りをしている汎用性の高い客室部が観客の推理を混乱させる。舞台設定上想定しうる、『タイタニック』的なショットはミステリーの大きな要として劇的に映し出され、犯人を示す痕跡が肩の部分にシンボリックに残るのはフリッツ・ラングの『M』を想起させられる。

 随所に“作り手の遊び心”は感じつつも、ただ流行りに乗じただけのスペシャル版にしなかった気概は評価できる部分であり、ミステリー映画としての妙味がかえって際立つのはテレビ屋の技術力と、大きく流行った作品への信頼感によるものと見受けられる。クライマックスの唐突な主人公の負傷は、エンドロールに待ち受けているドラマ版と完全な対になることを示すシーン(病院を抜け出すこと)へ繋げるための逆算であり、その一連によって、すっかり作り手側がドラマ版視聴者の心理を掴んでいることが証明された。

■公開情報
『あなたの番です 劇場版』
全国公開中
出演:原田知世、田中圭、西野七瀬、横浜流星、浅香航大、奈緒、山田真歩、三倉佳奈、大友花恋、金澤美穂、坪倉由幸(我が家)、中尾暢樹、小池亮介、井阪郁巳、荒木飛羽、前原滉、大内田悠平、バルビー、袴田吉彦、片桐仁、真飛聖、和田聰宏、野間口徹、皆川猿時、門脇麦 酒向芳、田中哲司、徳井優、田中要次、長野里美、阪田マサノブ、大方斐紗子、峯村リエ、竹中直人、木村多江、生瀬勝久
企画・原案:秋元康
脚本:福原充則
監督:佐久間紀佳
音楽:林ゆうき、橘麻美
主題歌:「ONE AND LAST」 Aimer(Sony Music Labels)
配給 : 東宝
(c)2021『あなたの番です 劇場版』製作委員会
公式サイト:https://anaban-nana-shouta.jp
公式Twitter:@anaban_ntv
公式Instagram:@anaban_ntv

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