映画史に残る傑作『マトリックス』シリーズ 新作前におさらいしたい重要ポイントを解説
映画『マトリックス レザレクションズ』が12月17日に公開される。デジタル映画の先駆けとなった『マトリックス』シリーズ待望の新作だ。ここでは、謎多き新章に向けての復習もかねて、シリーズの背景をより深く知るための、重要なポイントを解説していきたい。
映画史の一時代を築いた『マトリックス』シリーズは、多くの要素からの引用で構成されている作品だ。ジャッキー・チェンやブルース・リーなどの香港映画(カンフー映画)、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』、日本のアニメ、古今東西のあらゆる宗教、神話、哲学、思想……。それゆえ、一般的には難解な映画であると考えられているが、必ずしもそうではない。作中に散在している言葉の意味を探れば、物語の全貌が見えてくるに違いない。
そもそもマトリックスとは一体何なのか。語源は“子宮”を意味するラテン語。英語の語義としては(物事を生み出す)母体や土台、基盤の意味で、数学用語では行列(複雑な計算を表現するタテとヨコの文字列)を指す言葉だ。この映画では、人類の圧制に反乱を起こしたコンピュータ・マシンが、人類を支配するために構築したシミュレーテッド・リアリティのこと。つまり仮想空間のことである。モーフィアス(ローレンス・フィッシュバーン)はこれを「神経相互作用が創り出した虚像の世界」と説明した。
『マトリックス』シリーズでは、人類に虐げられたマシンがシンギュラリティ(機械が人類の知性を超えること)に達し、激しい戦いの末にマシンが人類を支配するようになった近未来が描かれる。敗れた人類はポッドの中で培養され、人間の体はコンピュータ・システムに電気を供給するための生体電池として利用されてしまう。体はポッドの中だが、意識は首筋に繋がれたプラグを通じて20世紀末を再現した仮想空間(=マトリックス)に接続されているわけだ。つまり、ポッドの中の人間たちは、マトリックスの世界を本物だと信じており、ほとんどの人間はその中で生涯を終えることとなる。
しかしマトリックスから逃れた一部の人類は、“ザイオン”と呼ばれる地下都市に潜伏。現実世界に唯一残されている人類の故郷だ。ザイオンとは、もともとは旧約聖書に記されているエルサレムの丘の名(聖書では日本語で「シオン」と表記)。ダビデ王が居城を建てたことで知られており、象徴的には“約束の地”あるいは“自由の地”の意も含まれるそうだ。
旧約聖書といえば、モーフィアスを船長とするホバークラフトの名、ネブカドネザルも聖書に出てくる新バビロニア王から付けられた名前で、ネブカドネザル号の船体プレートには“MARK III No.11”とあるが、これは聖書“マルコ伝第3章第11節”を示しているという説がある。その章で、イエスは病人やケガ人を癒し、それを見ようと人々や霊がイエスの周辺に殺到する。同章11節の内容は、「汚れた霊どもは、イエスを見るとひれ伏して、『あなたは神の子だ』と叫んだ」というもの。これは船長モーフィアスが救世主ネオ(キアヌ・リーブス)を見つけ出したときの心情と合致するのではないか。
救世主とされるネオはシリーズの主人公で、もともとはマトリックスの住人だった。モーフィアスと出会い、赤いピルか青いピルかの“選択”を迫られたネオは、赤いピルを選び、本当の世界(=非マトリックス)を知ることとなる。ちなみに、青いピルを選べば今まで通りの生活に戻ることができ、赤いピルを選べば真実を知ることができる。ネオは新作『マトリックス レザレクションズ』では青いピルを飲んでいるようだが……。
預言によると、ネオは人類を解放する救世主(選ばれし者)だと伝えられ、モーフィアスやトリニティ(キャリー=アン・モス)はその預言を信じ切っているのだが、ネオは「自分は本当に救世主なのか」と半信半疑。ネオ(Neo)の語源はギリシア語の“neos”。何かの単語に連結させて「新たな~」の意味になる(ネオリベ、ネオナチなど)。そして、キリスト教世界でいう“The One(聖書の選ばれし者=救世主)”のアナグラム(文字の並び替え)にもなっているから面白い。
また、シリーズのアクションヒロインであるトリニティ(Trinity)は、キリスト教神学では“三位一体(父と子と精霊はすべて神の現われで同一の存在だとする教義)”という意味がある。キリスト教の三位とは、父なる神、子なる神、聖霊のことで、この映画ではモーフィアス、ネオ、トリニティの関係を暗示していると思われる。
モーフィアスの名前は、ギリシア神話の夢の神“モルフェウス”から。眠りの神ヒュプノスの息子で、眠りに入った人間に、悪夢への門と、よい夢への門の、どちらかを“選択”させる。モーフィアスがネオに赤いピルか青いピルかの“選択”を迫るのは、この逸話からの借用なのである。