ケン・ローチの長編デビュー作『夜空に星のあるように』に刻まれた驚くべき現代性

長編デビュー作に見るケン・ローチの先進性

 思えば旧作映画の中には、2021年に見直すとジェンダー観が古く、見るのが辛いと感じるものが増えてきた。何も考えずに旧作を楽しめた時代は過ぎてしまった、とつくづく感じる昨今である。また、イギリスに広く見られる「男らしさ」を過度に重視する文化は、映画『リトル・ダンサー』(2000年)や、英コメディアンのロバート・ウェッブが2017年に発表した著書『「男らしさ」はつらいよ』(双葉社)などでも指摘されている通りだ。「男らしさ」をありがたがるイギリスの社会環境で育ったケン・ローチが、50年以上前に発表されたデビュー作の時点ですでに現代的なフェミニズムの本質を理解しているのは、ほとんど感動的ですらある。思えばかつては、日本の歌謡曲でも「ききわけのない女の頬を/一つ二つはり倒して」といった乱暴な歌詞が歌われていたものだった。まだ価値観が変化する以前の表現であり、いまさら指摘しても仕方のない部分もあるが、過去の文化に触れながら、時代の移り変わりを感じることは多い。

 社会全体の価値観が変化していく過程にあって、ジェンダー観も変わっていかなければならないが、旧来的な蔑視の態度から脱却できていない男性もまだ多く残っている。だからこそ本作を観ると、ケン・ローチの先進性に尊敬の念が湧いてくるのだ。この文章を書いている私自身含め、男性の多くは、かつて自分が持っていた古いジェンダー観についての苦い記憶がある。世の中の男性は、ようやく変化し始めたところなのであり、若きケン・ローチの誠実な姿勢に学ぶ点は多い。『夜空に星のあるように』は、リバイバル上映にふさわしい現代性と、さまざまな発見や示唆に満ちている。ぜひこの先進的なフィルムに触れ、驚いてほしいと思う。

 フェミニズム映画は、いま非常に勢いのあるサブジャンルとして映画業界を席巻している。たとえば今年11月に公開されたばかりの映画『リスペクト』では、ソウル歌手アレサ・フランクリンが父親や夫から受けたDVの恐怖が生々しく描かれているが、こうした題材が映画の主要テーマとして取り上げられ、「女性に尊厳(リスペクト)を」と訴える作品が娯楽作品として受容されるようになったのは近年のことだ。『夜空に星のあるように』もまた同様に、『リスペクト』や多くのフェミニズム映画と同じカテゴリに入る作品だろう。どうすれば女性が尊厳を持って生きていけるのかについて、若きケン・ローチが抱いていた寛容さや思いやりの心は、作品を観ていただければきっと伝わることだろう。

■公開情報
『夜空に星のあるように』
12月17日(金)より、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
監督・脚本:ケン・ローチ
原作・脚本:ネル・ダン
出演:キャロル・ホワイト、テレンス・スタンプ、ジョン・ビンドン、クイーニ・ワッツ、ケイト・ウィリアムス
配給:コピアポア・フィルム
原題:Poor Cow/1967年/イギリス/ヨーロピアン・ビスタ/カラー/102分
(c)1967 STUDIOCANAL FILMS LTD.
公式サイト:yozoranihoshi.com

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