『アイの歌声を聴かせて』が掲示したポジティブな未来図 吉浦康裕が描くAIとの共存

 アニメ映画『アイの歌声を聴かせて』が公開され、大きな反響を呼んでいる。

 メディアやTwitter、TikTokなどの反響によって尻上がりに評価があがっている本作。現在でも、SNSでのクチコミを中心にした作品への高い評価とともに、公式側もSNS運用などで積極的なPRを続けている。

 土屋太鳳と福原遥らが起用されており、その作品性はポップかつ大衆向け、眩いばかりにポジティビティと愛に溢れている。そんな本作を制作したスタッフ陣や声優陣の発言を参照しつつレビューしていきたい。

 原作・脚本・監督を務めたのは吉浦康裕。『キクマナ』、『水のコトバ』、『ペイル・コクーン』と個人制作で生み出した作品群が国内のアニメ賞で評価された。2008年に発表した『イヴの時間』はGyaoやニコニコアニメチャンネルなどを通して配信され、これを機に大ブレイクを果たすことになる。「吉浦康裕といえば『イヴの時間』」というイメージを持っているアニメ好きも多いのではないだろうか。

 2013年に発表された『サカサマのパテマ』は、これまでの吉浦監督作品で高く評価された作品であった。『アヌシー国際アニメーション映画祭』の長編アニメ部門に正式招待され、『第17回文化庁メディア芸術祭』アニメーション部門優秀賞、『スコットランド・ラブズ・アニメ2013』観客賞・審査員賞を受賞、『第7回アジア太平洋映画賞』最優秀アニメーション映画賞にノミネートと、その評価は根強い。

『サカサマのパテマ』 主題歌「Patema Inverse」

 日本のアニメ映画黄金期だったといえよう2010年代においては少し影が薄くなってしまった印象もあるが、古典SF的な世界観をベースにした“空想科学漫画映画”というコンセプトに、「ヒロインだけ重力の方向がサカサマ」というトリックを軸にした本作は、実にスリルに溢れていた。

 その後、『アニメミライ2014』の参加作品として制作されたショートフィルム『アルモニ』や日本アニメ(ーター)見本市で公開された『機動警察パトレイバーREBOOT』を制作し、『アイの歌声を聴かせて』へと繋がっていく。

「プロデューサーから、王道エンターテインメントのオリジナル劇場作品を作りませんか?というお話をいただいた」(吉浦康裕)

 吉浦は制作プロデューサーの誘いを引き受け、一度はボツにした脚本案に再度手をつけ、脚本家の大河内一楼も交えて本作の基盤を築いた。『アイの歌声を聴かせて』は、学校の人気者であり実は試験中のAIでもあるシオン(CV:土屋太鳳)が、クラスでいつもひとりぼっちのサトミ(CV:福原遥)の“幸せ”を思いもよらない方法で叶えようとするという物語だ。『イヴの時間』をみれば分かるように、AIというモチーフは吉浦が得意な題材だ。さらに青春劇や恋模様をプラスすることでポップな質感が合わさっていくことになった。終盤には大どんでん返しも待ち受けており、『サカサマのパテマ』を知る筆者としては、この点も吉浦ならではのSFやエンタメの精神を感じさせてくれる部分だった。

絶賛口コミ御礼!映画『アイの歌声を聴かせて』ロングPV|絶賛上映

 また、本作で重要となるのは、シオンが突飛に見える行動を次々に起こす点だ。「サトミ、いま幸せ!?」と出会いがしらに声をかけ、教室内でいきなり歌いだすシーンは、サトミや居合わせたクラスメイトたち、なにより映画を見ている観客ですら「なにやってるんだ?」と鼻白む。当たり前だが、一般人同士で急にこんなことをしたら赤っ恥をかくのは言うまでもない。

 だがシオンはAIであり、人間生活上の規範などは全く知らない存在、いわば「未学習」な状態だ。農作物の栽培・収穫、学校内の清掃、バスの運転、ビル内の警備など、本作中でもいくつものAIが登場する。サトミが住む家は外見こそ古民家ではあるが、AIによって様々なコントロールが効いていることが描写されており、近い未来にはこのようにAIと人間が共存しているであろうポジティブな未来図のようだ。

 実際の生活を通してもAIは10年以上前よりも身近な存在だ。学習と演算にすぐれるAIは、人間よりも万能であるというイメージが先行しているだろう。本作がまず示すのは「AIは決して万能ではなく、学習していかなければ人間のサポートはできない」という当たり前の事実。日常生活も学習していなければ、当然うまくいくことはないわけだ。

 ストーリーが進むと何度か悲しい場面を迎えることになるが、シオンには悲しいという感情が理解できていないので、平易の時と同じトーンで声をかけ、他人の心を傷つけかねない言葉も投げかける。吉浦はシオン役である土屋に「寂しい気持ちのときも、明るくしゃべってほしい」「ネガティブな声は出さないでください」といったディレクションをしたそうだが、土屋はかなり久しぶりとなる声優出演にもかかわらず、AIと人間の呼吸感の違いなども含めて好演した。

 こういったストーリーを踏まえて映画公式側ではシオンを「ポンコツAI」と称しているわけだが、AIが本当にポンコツということではなく、シオンというAIが人間との関係性のなかで「コミカルに見える」という意味合いもあるだろう。AIがどこかコミカルに見えるよう表現する術として、加えてシオンがサトミを幸せにしようとする手段として、ミュージカルを導入することになった。

高校生のときに将来はアニメ作りに関わりたいと思っていた頃から、ミュージカルはずっとやりたかったんです。それが大河内さんと話し合うなかで案として挙がってきたときに「合体できる!」と思いました(引用:AI×ミュージカルのエンタメ作品『アイの歌声を聴かせて』 吉浦康裕×大河内一楼対談① | Febri

 シオンがどのように演技されていくかだけでなく、作画の動かし方や色彩や3DCGなどを含めたアニメ演出に対し、どのような楽曲が制作されて、アニメーションと音楽が接続するのか。どちらかが派手過ぎても、地味すぎてもいけないという難しいバランスが求められる。

 吉浦は楽曲を制作する作曲家・高橋諒や作詞家・松井洋平に先んじて情報を伝え、実際に楽曲を聞きながら絵コンテ作業をしていたと語っている。土屋にとってもやはりプレッシャーがかかったようで、高橋・松井からのアドバイスや指示のもとで歌い上げることができたようだ(参考:土屋太鳳、コンプレックスだった“声”とともに届けたい思い 「プラスの感情になってほしい」)。

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