吉沢亮、栄一として年齢を重ねるほどに増す魅力 『青天を衝け』は今に直結する異色大河に

『青天を衝け』は今に直結する異色大河

「まことに、人は一面ではねえの」

 とは、大河ドラマ『青天を衝け』(NHK総合)第33回において、渋沢栄一(吉沢亮)が、三野村利左衛門(イッセー尾形)について言った言葉だ。だが、この言葉ほどこのドラマ自体、このドラマの登場人物たちを的確に表している言葉はないだろう。そして、その最たるものが、主人公・渋沢栄一である。

 吉沢亮演じる渋沢栄一が面白い。幕末から明治となる転換期、多くの死と、「生き残ってしまった」罪悪感を抱える人々の姿が描かれた時期。本来なら時代劇ファンの熱量が下がっていくはずの時期でもある、第27回以降を、吉沢は、みなぎる生命力を感じさせる演技によって、力強くリードしていった。娘・うた(山崎千聖)からの無邪気な問いかけに応える時の慈愛に満ちた表情。大隈重信(大倉孝二)とのコミカルな舌戦。土産話や、蚕話に興じる時の凄まじい話術。そのあまりの美しさから、憂いを帯びた陰のある役柄こそ似合う俳優だと思わずにはいられなかった吉沢が魅せる、嬉しい誤算。その底抜けの明るさは、観ていると、気づいたらこっちまで楽しい気分になってくるほどの威力がある。

 だが、そんな栄一も、明るく陽気なだけではいられなくなってきたのが、最近だ。現代に繋がる仕組みを次々と作り「近代日本経済の父」となっていく輝かしい栄光の裏で、ビジネスマンとしての非情さや、男としての狡さも垣間見せる。年譜と照らし合わせて見る限り、先週放送の第33回の栄一は35~37歳ぐらいと思われる。両親を看取り、独立し、第一国立銀行の頭取という責任ある立場を担うようになった、順風満帆の壮年期。昔も今も変わらず「おかしれえ」ことにのみ突き動かされるが、胸に抱くのは、若い頃の「ぐるぐる」した感情ではなく、商いの世を戦い抜くために必要なバイブル「論語」である。

 また、史実上避けられないことであるとは言え、さらりと「不倫」が描かれたのも斬新だった。大きな葛藤やロマンスなどで「そうせざるを得なかった理由」を大仰に語り主人公を庇おうとする方法もあったはずで、大森美香脚本はなかなかにクールである。その後描かれた、常に対極の位置にいる妻・千代(橋本愛)と妾・くに(仁村紗和)の対比も見事だった。不幸なのは苦労続きの末に浮気された千代だけでなく、常に日陰に潜むように生活しなければならないくにもまたそうだ。「あんたが嬉しいだけじゃなくて、皆が嬉しいのが一番」という母・ゑい(和久井映見)の教えを仕事面では常に守り続けてきた栄一だが、私生活においては、その約束を守れているとは言い難い。救いは、千代の優しさによって成り立っている、女たちの連帯のみである。

 第33回は、印象的な回だった。西郷(博多華丸)と大久保(石丸幹二)の死が描かれ、武士の時代が終わり、資本主義の時代へと移行すること、そしてそれが「パンドラの箱を開ける」行為かもしれないことが、三野村の言葉によって示され、彼もまた死をもって退場した。時代がまた、新たなフェーズに移行する直前の第33回は、「総括できない男たちの総括」の回でもあった。

 そう感じるのは、大森脚本が敢えて「描かなかった物語」ゆえだ。本作は、倒幕から明治維新までのその最中、何が起きていたのかということを2つの視点から描いた。1つは、パリにいる栄一から見た「商人たちの維新」。五代才助(ディーン・フジオカ)の暗躍が幕府に与えた決定的なダメージという、これまでの大河ドラマが描いてこなかった側面は新鮮だった。もう1つは、彰義隊に振武軍、箱館戦争と、最後まで新政府軍と戦い続けた喜作(高良健吾)から見た「現場の維新」である。だが、本来ならもう1つの視点があってもいいはずだ。つまりは、「トップから見た維新」、最後の将軍・徳川慶喜(草なぎ剛)から見た視点である。



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