宮崎駿監督による文句なしの傑作 『ルパン三世 カリオストロの城』は観る度に発見がある

『ルパン三世 カリオストロの城』を再考察

 面白いのは、城全体に仕掛けられた罠である。なかでも至る所に存在する落とし穴は、ルパンや銭形警部を脱出不能の奈落の迷宮へと運ぶのだった。この仕掛けは、宮崎監督が愛するフランスの名作アニメーション『やぶにらみの暴君』(1952年)において、独裁的な国王が、周囲の気に入らない者たちを次々に穴に落としていくという場面から、とり入れたものである。同様に、本作でクラリスが幽閉された、機械仕掛けの秘密の居室もまた、『やぶにらみの暴君』に見られる、周囲から隔絶された建物へのオマージュだ。

 カリオストロの城でのアドベンチャーが、不気味ながらも魅力いっぱいに描かれているのは、宮崎駿監督が少年時代に夢中になって読んだという、江戸川乱歩の小説『幽霊塔』からの影響が強いからであろう。クライマックスの舞台となる時計塔は、まさしく幽霊塔そのものを思い起こさせるデザインである。このように、原作のイメージよりも自分の興味のあるものに影響を受け、描いてしまうのが、宮崎作品なのだ。

 巨大な城の外壁をルパンがよじ登り、跳躍するスリル満点の場面における動きは、宮崎監督が後年、自作における演出手法について、「縦構造の魅力」と述べたものである。下から上、上から下への運動が、観客の心に強い印象を残すということを強く意識しながら、一つひとつの場面を考えているという。それは、監督作であるTVアニメ『未来少年コナン』や、『千と千尋の神隠し』(2001年)などでも確認することができる。また同時に、そんな構図は、下層の人間たちによる権力構造への挑戦を象徴したものでもある。

 舞台となるカリオストロ公国は、実際には存在しない小さな主権国家だ。地理や文化的な面では、イタリア、ドイツ、フランス、スイスなど、ヨーロッパの様々な雰囲気が見られる。冒頭で登場する国営カジノが、モナコに実在する「カジノ・ド・モンテカルロ」をモデルにしているように、おそらくカリオストロ公国は、モナコ公国やリヒテンシュタイン公国などの断片的な要素を作中で混ぜ合わせようなイメージになっているのではないか。本作では、このようなヨーロッパの多様な文化が楽しめるのも魅力だ。

 『ルパン三世』TVシリーズで宮崎監督が手がけた『死の翼アルバトロス』では、ルパン一味がすき焼きの鍋から肉を奪い合っていたように、本作のカリオストロ城下町のトラットリアでは、ルパンと次元がミートボールパスタを巡り、高度なバトルを展開する。さらに、ルパンが大怪我をした後に田舎のチーズやソーセージなどをドカ食いしたり、カップうどんを作るシーンなど、ルパンや、銭形警部が連れてきた埼玉県警の機動隊たちの血肉となっているのは、庶民的な食べ物であり、カリオストロ伯爵の豪華な朝食とは対照的だ。宮崎監督の『ルパン三世』が親しみやいのは、このプロレタリア(貧困者)のスピリットに貫かれているからでもある。

 本作には、宮崎駿監督の趣味や情熱、そして東映時代に培ってきた技術や知識が総動員された、若い頃だからこそできる、まさに汗だく、入魂の仕上がりとなっている。観客を楽しませるために、アニメーションはここまで面白さ、楽しさを詰め込められるものなのかということを、本作を観る度に思い知らされる。娯楽表現を極めることは、アニメーションを作る者たち目標であり、夢である。まさしく、そんな夢を実現させたかのような名作を、映画初監督作で作りあげてしまう若き日の宮崎監督は、凄まじい鬼神のような存在であるとともに、汲めども尽きぬ豊かな発想を生み出す芸術の泉のようである。

 地上波でも何度も放送されているため、日本の観客にとって、あまりにも知られ過ぎた、何度も鑑賞されきった作品である。しかし、それでも観る度に発見がある映画作品は、本当に希少である。われわれが『ルパン三世 カリオストロの城』から掘り起こし、新鮮に楽しめる要素や学ぶべき要素は、まだまだ膨大にあるのだ。

■公開情報
『ルパン三世 カリオストロの城』4K+7.1ch
監督・脚本:宮崎駿
原作:モンキー・パンチ 
声の出演:山田康雄(ルパン三世)、増⼭江威⼦(峰不⼆⼦)、⼩林清志(次元⼤介)、井上真樹夫(⽯川五ェ⾨)、納⾕悟朗(銭形警部)、島本須美(クラリス)ほか 
原作:モンキー・パンチ (c)TMS
配給:東宝映像事業部
公式サイト:https://www.lupin-3rd.net/

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