『スパイラル』は『ソウ』過去作からどう変化した? ジグソウの思想史から読む

『スパイラル』で改新されたジグソウの遺産

※以降、『スパイラル:ソウ オールリセット』の結末に関するネタバレを含みます。

『スパイラル:ソウ オールリセット』はより社会的な裁きへ

 新作は、クリス・ロック演じる主人公のジークが、マックス・ミンゲラ演じる新人の警察官ウィリアムとタッグを組んで、新たなジグソウ事件に挑む。このウィリアムは、ジークの父でもあり元警察署長のマーカス(サミュエル・L・ジャクソン)に憧れて刑事になったと、相棒になれたことを光栄に思う。正義感の強い彼を若干面倒くさがるジークだったが、ウィリアムが皮を剥がれて殺される頃には、それなりに愛着も感じていたので滅茶苦茶悔しがって敵討ちを誓う。しかし、結局のところ全ての黒幕は他でもない(化けの皮が剥がれた!)ウィリアムで、実は生きていましたというのが『スパイラル』のどんでん返しである。

 この、「死んでいたと思われた人間が生きていた」というくだりは、『ソウ』の浴室でずーっと横たわって死体役を演じていたジグソウがムクリと起き上がった時の衝撃を思い起こさせる。そして、『ソウ』シリーズでも常に登場してきた「豚(の仮面)」も本作ではより存在感が増した形で踏襲されている。余談ではあるが、シリーズのゲーム設計者(ジグソウや彼の継承者)のかぶるお面が「豚」であるのには一つ大きな理由がある。

 「豚の仮面」の始まりは、一番はじめの“ゲーム”まで遡る。ジグソウがアダムを尾行していた際に街で春節(中国の旧正月)を祝うお祭りが行われていて、そこに売ってあった豚の仮面をかぶって変装する。実は“豚”は中国で「rebirth(再生、生まれ変わり)」を意味していて、それは彼自身が事故によって得た経験、そしてジグソウからゲーム参加者への課題という点でダブルミーニングになっているのだ。つまり、『スパイラル』も同様にターゲットに対して生まれ変わることを求めたゲームを、設計者(ウィリアムズ)が行っていることを表している。

 しかし、ウィリアムズとジグソウには大きな違いがある。それは、ウィリアムズには「ゴッドコンプレックス」がないこと、そして彼がジグソウの宗教理念に沿っていないことだ。先述の通り、ジグソウの作るゲームは選択によって負傷は負うもののプレイヤーが生還できるものであることが条件。対してウィリアムズのそれは、一見同じように負傷を負えば生き延びられるように見えて、そうでない。死ぬことがほぼ、お約束されているのである。彼はジグソウのように痛みを伴うことで罪人が赦されるとは考えず、罪は死を以てしか償えないと考えた。文字通り「一度死んでから生まれ変わってこいよ」ということである。ジグソウが信じていた人間の“更生”の可能性に否定的なのだ。同じ「豚の仮面」をつけていても、その意味合いに多少の違いが感じられる。

 そして、なによりウィリアムズは始めこそジグソウのように身内の死の責任者をとっちめる、という私的な復讐を理由に計画をはじめるが、やがてそれは新作の大きなテーマである「不正警察官への断罪」に転換されていくのだ。ジグソウはずっと、罪の範囲と被害者がミクロの罪人を扱ってきた。しかし、ウィリアムズが裁くのは特にBLMムーブメントに伴って顕在化した警察官の不正であり、マクロな問題。個人的でありつつも、大局的に見るとジグソウより、同じような不正に苦しむ人々たちに代わって行う裁きには、どこか社会的な意味合いが含まれてきているのだ。そして、この民衆の立場で行うという「神ではなく人々の代理人」的な視点が、彼がジグソウのようなゴッドコンプレックスを持っていないことを意味している。

 そう考えると、改めてこれまでの『ソウ』シリーズの精神をオールリセットするような内容だった『スパイラル』。『ソウ』一作目のラストのオマージュのようなラストを受けて、これから新たな精神で行われる“ゲーム”が続いていくような予感がする。

■公開情報
『スパイラル:ソウ オールリセット』
全国公開中
出演:クリス・ロック、マックス・ミンゲラ、マリソル・ニコルズ、サミュエル・L・ジャクソン
監督:ダーレン・リン・バウズマン
脚本:ジョシュ・ストールバーグ、ピーター・ゴールドフィンガー
製作:マーク・バーグ、オーレン・クールズ
製作総指揮:クリス・ロック、ジェームズ・ワン、リー・ワネル、グレッグ・ホフマン、ケヴィン・グルタートほか
音楽:チャーリー・クロウザー
提供:アスミック・エース/ポニーキャニオン
配給:アスミック・エース
原題:SPIRAL: From the Book of Saw/2019年/アメリカ/93分/シネマスコープ/5.1chサラウンド/字幕翻訳:松浦美奈/R-15
(R), TM & (c)2021 Lions Gate Ent. Inc. All Rights Reserved.
公式サイト:https://spiral.asmik-ace.co.jp

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