『トイ・ストーリー5』は“再媒介化”の乱舞する映画だった メディア研究から読み解く

この夏、記録的なヒットを続けている『トイ・ストーリー5』。これまでのシリーズでさまざまな冒険を繰り広げてきた主人公のおもちゃたちは、最新作でタブレット端末などのデジタル・デバイスに“子どもたちの遊び相手”の座を奪われるピンチに直面する。このデジタル・メディアの時代にもはやアナログなおもちゃたちの存在価値はないのか、という現代的な問いを投げかけた今作。そこで描かれたデジタルとアナログの対立をめぐる世界観はどのようなものだったのか。ゲーム研究者の吉田寛氏に本作の感想を聞いた。
「まず、物語の大筋としてはアナログなおもちゃとデジタルのデバイスを対立させつつ、最後はうまく双方を協力させて“アナログなおもちゃが今も大切だよね”というメッセージを伝えるものでしたね。それ自体は子どもをメインターゲットとする映画らしい穏当なものといえますが、それにいたる本作でのメディアの描き方はいろいろと興味深かったです」
では、その『トイ・ストーリー5』のメディアの描き方とは一体どのようなものだったのだろうか。
「特徴的だったのは、アナログなおもちゃたちとタブレット端末であるリリー・パッドのあいだの中間的な存在として、デジタル玩具のテック・トリオが登場することです。リリー・パッドはグループチャットやゲーム機能、さらには音声入力や翻訳機能までついていてあらゆることができます。それに対して、テック・トリオの面々は、基本的にはそれぞれカメラやGPSといった役割に特化した単機能のものです(ゲームやメールの機能を持っているスマーティ・パンツはやや例外ですが)。これはコンピュータとそれ以前のメディアの関係を比喩的に示唆しています。パーソナルコンピュータの元祖ともいえる『ダイナブック』を構想したアラン・ケイは、コンピュータをただの『メディア』ではなく、他のさまざまなメディアを代替する『メタ・メディウム』として捉えていました。『トイ・ストーリー5』でいえば、スマーティ・パンツは自分だけでは写真を撮ったり現在位置を確認したりすることはできませんが、リリー・パッドは単体でそれらすべてができます。つまり、ひとつのメディアがあらゆるメディアの機能をカバーしている。本作におけるリリー・パッドは、コンピュータの隠喩である『メタ・メディウム』そのものなのです」
アナログな物体のおもちゃ、単機能メディアのテック・トリオ、なんでもできる「メタ・メディウム」であるリリー・パッド。『トイ・スト―リー5』に登場する3つのグループは、はじめは互いを敵視しつつも、吉田氏も指摘するとおり最終的には協力関係に立つ。
「アナログ/デジタルの対立を含めたさまざまなメディアがどういうエコロジー(生態系)を構成しているかについては、研究者のあいだでもさまざまな見解があります。『トイ・ストーリー5』のメディアの描き方は、ニューメディア研究の古典として知られるボルター&グルーシンの『リメディエーション』(1999年、未邦訳)の立場に近いものだと私は感じました。『リメディエーション』とは日本語に訳すと『再媒介化』で、“あるメディウムが別のメディウムの中で表象されること”を意味します。『トイ・ストーリー5』でいえば、最後のごっこ遊びとして描かれるおもちゃの結婚式のシーンで、リリー・パッドがピアノの鍵盤を表示して音を鳴らしていますよね。つまり、タブレット端末が楽器という別のメディアを表象しているわけです。リメディエーションの典型的な事例です」
























