『スパイラル』は『ソウ』過去作からどう変化した? ジグソウの思想史から読む

『スパイラル』で改新されたジグソウの遺産

 『スパイラル:ソウ オールリセット』が公開された。4年ぶりの『ソウ』映画新作となった本作、総数9作に渡り2004年から続くシリーズに対して、副題の通り全てがリセットされたような作品となった。新たなチャプターの幕開けとなった本作で、従来の『ソウ』シリーズを牽引してきたジグソウの精神はどのように継承され、変化したのか。

『ソウ』で描かれたデスゲームとジグソウの精神

 まず、『ジグソウ:ソウ・レガシー』までに及んで描かれてきたシリーズの罠仕掛け人、ジグソウ(ジョン・クレイマー)という男について振り返りたい。なぜ彼は“死のゲーム”をはじめたのか。彼の精神を捉えるうえで重要なのは、「ゴッドコンプレックス」と「サイコパス」という二つのキーワードだ。

 もともと彼は建築家であり、機械工学にも精通した実業家だった。妻は薬物中毒者のリハビリ施設で働いていたが、ある日妊娠中に施設に押し入った強盗によって流産してしまう。その男は他でもない、妻の患者。ここから、ジグソウは“更生”ということにこだわり始める。そして彼は自分自身が末期レベルの脳腫瘍を患っていることを知り、帰り道に車に乗って崖から転落し自殺しようとする。しかし、奇跡的にその事故から生還した。ここで、まず彼の中に芽生えたのは「ゴッドコンプレックス」という心理状態。これは、自分が神のような力を持っていると信じ、神として振る舞うという意味のものだ。本当なら絶対死んでいたはずの事故を生き残った自分には、生き残るべき理由、つまり“使命”があると確信するジグソウ。それが、“罪人の更生”だということに気づくのだ。

キリスト教に基づくゲームの意図

『ジグソウ:ソウ・レガシー』(c)2017Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

 こうして、最初のデスゲームもとい更生ゲームは、妻を流産させた男アダムに対するものから始まる。このゲームの内容やジグソウの思想含め、本作にはキリスト教的な考えが非常に深く染み付いているのが特徴的だ。彼の仕掛けには、必ず条件がある。それは、被験者の意思で生き残ることができること。しかし、生きるには痛みを伴わなければいけないことだ。これは、ジグソウ本人が事故で生還した際、生き残るために自分の体に刺さった鉄を抜かなければいかなかったことに由来しているが、起源は「神の痛みの神学」だ。神学者・北森嘉蔵が1946年に提唱したそれは、以下のようなことを意味している。

“「神の痛み」とは、神が自らの愛に反逆し、神にとって滅ぼすべき対象になった罪人に対して、神がその怒りを自らが負い、なお罪人を愛そうとする神の愛を意味する。さばきの神と赦しの神が同一の神であるとき、罪人に対する愛と赦しは神の矛盾と葛藤すなわち、「痛み」なしにはありえないとされる。”

 イエス・キリストが磔にされた十字架も、この神の痛みに基づいた愛という考えだ。1965年に英訳され、各国に広まったこの思想はまさしくジグソウの考える「痛みなくしては愛(赦し)なし」というモットーの由来である。加えて、彼が最初に制裁を加えた罪人の名前がアダムというのも興味深い。なぜなら、アダムは聖書で禁断の果実に手を出してしまった罪人だから。そう、『ソウ』はめちゃくちゃ宗教的な側面の強いスプラッター映画なのである。

 アダムにセカンドチャンスを与えるために行ったゲームが発端となって、より罪深い人間たちを更生したくなったジグソウ。「ゴッドコンプレックス」なので、自分(神)が間違いを犯すという思考はない。そのため、アダムが結局最初の装置から抜け出しても悔い改めるどころか自分を襲ってきたという失敗に目を瞑り、一大計画を押し進めていくのだ。もうこの時点で自分のエゴ(使命)を正義とし、他人に強要している姿、そしてそれを止めようとする妻に対しても強く怒り、拒絶する様子からサイコパスの兆候が強く見えてくる。サイコパスの定義である、自分以外の人に対する愛情や思いやりといった感情の欠落、そして道徳観念や倫理観の乏しさが前面に押し出されてきたのだ。

『ジグソウ:ソウ・レガシー』(c)2017Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

 こうして罪を認めさせるようなゲームから、人生をやり直させるゲームと、ジグソウは多岐に渡って様々な形で人々を裁いていく。その過程で、“神である彼”が次に何を行うかというと、自分の宗教を作ること。これが、アマンダやホフマンに通じる“後継者”の問題に繋がっていく。彼のローブを着た服装にも、自分を神と思う「ゴッドコンプレックス」が見て取れる。しかし、アマンダの作るゲームはジグソウと違って絶対に生還できないものであったため、“彼の宗教”に反し、後継者として失格となるようなくだりがあった。では、今度の『スパイラル:ソウ オールリセット』の罠仕掛け人は、一体どれほどジグソウの意思を継承し、新たにゲームを始めたのだろうか。

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