闘争の街から生まれたストリートダンスの軌跡 世界を広げたリル・バックの革命を辿る
全米有数の犯罪地域でもある“闘争の街”メンフィスでダンスへの情熱を燃やし続け、ヨーヨー・マやマドンナ、ジャネール・モネイらと共演し世界へ羽ばたいたダンサー、リル・バック。その栄光の軌跡を追ったドキュメンタリー映画『リル・バック ストリートから世界へ』が8月20日より全国順次公開される。
重力を無視するかのように地面を自在に泳ぎ滑るダンススタイル“メンフィス・ジューキン”を武器に、ヒップホップからクラシックまで音楽の壁を飛び越えていくリル・バックの姿は、一度見たら目に焼き付いて離れないほどに強烈。彼が一体どのように踊りと真剣に向き合い、成長と成功を手に入れたのか。本作ではリル・バックという1人の青年を通じて、その背景にあるメンフィスという街の厳しくも音楽愛に満ちた空気を生々しく映し出していく。
ヒップホップ好きやダンサーはもちろんのこと、この分野に知識がなくとも一見の価値ありの貴重な映像作品だ。今回はそんな映画の見どころに迫っていく。
闘争の街から生まれたストリートダンス、メンフィス・ジューキン
筆者が最初にメンフィス・ジューキンのダンス映像を見たのはおそらく2010年ごろ。本作の主人公であるリル・バックや劇中でも名前が登場するG・ナード、今年初めに惜しくも亡くなってしまったジーノなど、その人間離れした技巧とストリート直産のラフな肌触りはパソコンの画面越しでも伝わるほどに衝撃的だった。
ここ日本では決して知名度が高いとはいえないメンフィス・ジューキンだが、その発祥は1980年代中盤ごろにまでさかのぼり、ストリートやクラブで大勢で輪っかになって歩くギャングスタ・ウォークが元祖のスタイルとされている。
劇中でも披露される肘を大きく空中に張りながら歩く姿に、これがダンスジャンルなの? とも思うかもしれないが、「ギャングスタ・ウォークはただのダンスじゃない。文化そのものなんだ」とリル・バックも言う通り、メンフィスを生きる彼らのアティチュードそのものを表していると捉えた方がいいのだろう。そういう点ではカリフォルニアのストリート・ギャングから生まれたC・ウォークやB・ウォークなどに近いかもしれない。
メンフィス産のラップ・ミュージックに合わせて歩く、というシンプルな動きだったギャングスタ・ウォークは、時代を経てポッピンやアニメーションなどのさまざまな要素を飲み込みメンフィス・ジューキンへ進化。ダンススタイルのひとつとして確立されていく。
最大の特徴はその足技で、グライド、スライド、フロートを駆使して地面を滑り踊り、急に爪先立ちのままクルっとターンしたりと、軽やかなフロアーワークを展開する。
それらがメンフィス・ラップ特有のバウンスを含んだリズム感と合わさったときの興奮は、他では得難い特別な感覚だ。あえてアンバランスな体勢をとってリスキーに踊るのもジューキン特有で、「誰よりも長く爪先で踊れるようになってやる。」という劇中のリル・バックのセリフからも、足元への異常なこだわりが伺える。