4冠達成『ドライブ・マイ・カー』仏メディアの評価は? カンヌ映画祭にみる“時代の流れ”

今年のカンヌ国際映画祭を振り返る

 例年20本前後のかなり豪華な顔ぶれが揃うことで知られるカンヌのコンペティション部門に、今年出品されたのは24作品。パルムドール経験者はアピチャッポン・ウィーラセタクンとジャック・オディアール、ナンニ・モレッティの3名。カンヌグランプリ経験者はブリュノ・デュモンがおり、ベルリンの金熊賞受賞経験者はアスガー・ファルハディとイルディゴ・エンエディとナダヴ・ラピド。そこに地元フランスのレオス・カラックスやフランソワ・オゾン、ミア・ハンセン=ラヴ、そしてアメリカからウェス・アンダーソンとショーン・ベイカー、さらに数年前にカンヌを失望させたショーン・ペンの雪辱戦に、巨匠ポール・ヴァーホーヴェンと、相変わらず錚々たるラインナップである。

ジュリア・デュクルノー監督(写真:REX/アフロ)

 そんな中で、(審査員長のスパイク・リーのハプニングのおかげで受賞の驚きと余韻が半減することになったのは言うまでもないが)パルムドールに輝いたのは地元フランスのジュリア・デュクルノー監督の『Titane(原題)』。パルムドールを女性監督の作品が受賞するのは『ピアノ・レッスン』のジェーン・カンピオン以来、2度目のこととなる。これはヴェネチアやベルリンで近年とくに女性監督の最高賞受賞が目立つことを考えると少々意外にも思えるのだが、もはやそのような括りは単なるデータ集計の役割でしか意味を成さない。

 それは受賞作の国籍でも同様で、70年代頃から英語圏作品が強さを発揮し徐々に国際色を携えていったカンヌは、2010年代にはフランス作品(出資も含めばその多さはさらに増える)かアジア作品の両極端な結果に落ち着くようになった。その傾向は2020年代にも続くのかもしれない。

 10年前に息子が行方不明になった消防士(カンヌではおなじみのフランスの名優ヴァンサン・ランドンが演じている)の前に、頭にチタンが埋め込まれたシリアルキラーの女性アレクシアが、息子になりすまして現れるというストーリーラインを持つ同作は、海外媒体のレビューではデヴィッド・クローネンバーグや塚本晋也が引き合いに出されていることからも、パルムドール作品としてはかなり異質な部類の作品であると察しがつく。デュクルノー監督の前作『RAW~少女のめざめ~』も、刺激の強すぎる題材で失神者が続出したといわれており、今回もまたそれに匹敵するセンセーショナルな作品のようだ。

ジュリア・デュクルノー監督の長編デビュー作『RAW~少女のめざめ~』(c)2016 Petit Film, ouge International, FraKas Productions. ALL IGH E E VED

 作品の内容についてはトレーラーだけでは想像がつかないが(ましてや車とセックスして妊娠するという聞いたこともない話を耳にすればなおさらである)、ジェンダーやセクシュアリティ、性暴力などがテーマとして掲げられており、それらはいずれも近年の映画界では欠かすことができない主要トピックであることは言うまでもない。パルムドールといえばそうした世界的なトピックを、極めて神妙かつ暗喩的に描く作品が多かった印象だが、このような直接的な表現でビビッドに見せるスリラー映画に贈られたということこそが(審査員団の趣向も少なからず込められているだろうが)、今回垣間見られた“時代の流れ”なのだろう。

 他の主要な賞に目を向けてみると、グランプリにはファルハディ監督の『A Hero(英題)』と、5年前に『オリ・マキの人生で最も幸せな日』で「ある視点」部門作品賞を受賞したユホ・クオスマネン監督の『Compartment No.6(原題)』。審査員賞にはラピド監督の『Ahed’s Knee(英題)』とウィーラセタクン監督の『Memoria(原題)』と、どちらも2作品ずつ。前者がタイ受賞となるのは10年ぶりのことで、コンペティション出品作品がいつもより多かったことも含めれば、やはり中止となった昨年の反動のようなものを感じることができる。

 ここでもうひとつ注目が集まるのは、この中から来年の第94回アカデミー賞の有力作品が現れるかどうかということだ。近年では賞レースの幕開けを告げるトロント国際映画祭と近しいタイミングで行われるヴェネチア国際映画祭がアカデミー賞有力作のお披露目の場所としての機能を果たしているが、カンヌはそれ以前からコンスタントに存在感を発揮している。一昨年は『パラサイト』が、『マーティ』以来のパルムドールとアカデミー賞作品賞のダブル受賞を果たしたが、他に『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』と『ペイン・アンド・グローリー』が主要部門にノミネートを果たした。

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(c)2021 20th Century Studios. All rights reserved.

 今年はもちろんウェス・アンダーソンの『フレンチ・ディスパッチ』が作品賞や監督賞、脚本賞などを狙える最有力のラインにあり、ウェス作品が弱い演技部門でどこまで善戦できるかという点に大きな注目が集まるところだろう。カンヌで監督賞に輝いたカラックスの『Annette(原題)』はカラックス初の英語作品であり、Amazon配給で8月にも北米公開が決まっている。ファルハディの『A Hero』もAmazon配給で賞レース参入が噂されており、例年1枠は作家性の強い海外の人気監督が候補に上がる傾向にある監督賞の席を、この両者が争うことになる可能性は極めて高い。

 またパルムドール受賞作の『Titane』、ウィーラセタクンの『Memoria』、女優賞を受賞したヨアキム・トリアーの『The Worst Person in the World(英題)』は、『パラサイト』を栄光に導いたネオンが配給。ショーン・ベイカー監督の『Red Rocket(原題)』は前作『フロリダ・プロジェクト』に続いてA24が配給と、これらも賞レース入りが充分に望める強力なサポートがついた。『ドライブ・マイ・カー』も含めた他の非英語圏の作品は、それぞれの国の代表として国際長編映画賞入りを狙うか、もしくは有力な北米配給会社の後押しを得て勝負に出るかの二択が待っている。

 アカデミー賞自体がわずかながらでも多様な視点を持つようになり、海外作品やアート色の強い作品でも充分に戦えるという現状は、華々しい映画祭の幕が閉じた後でも我々に楽しみを与えてくれる。

■公開情報
『ドライブ・マイ・カー』
8月20日(金)より、TOHO シネマズ日比谷ほか全国ロードショー
出演:西島秀俊、三浦透子、霧島れいか、パク・ユリム、ジン・デヨン、ソニア・ユアン、ペリー・ディゾン、アン・フィテ、安部聡子、岡田将生
原作:村上春樹『ドライブ・マイ・カー』(短編小説集『女のいない男たち』所収/文春文庫刊)
監督:濱口竜介
脚本:濱口竜介、大江崇允
音楽:石橋英子
製作:『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
製作幹事:カルチュア・エンタテインメント、ビターズ・エンド
制作プロダクション:C&I エンタテインメント
配給:ビターズ・エンド
2021/日本/1.85:1/179分/PG-12
(c)2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
公式サイト:dmc.bitters.co.jp

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