妻夫木聡のアジア人気の理由を探る 『唐人街探偵 TOKYO MISSION』でさらなる世界進出?

妻夫木聡のアジア人気を探る

幅広い役を演じる実力が国外でも評価される

 2010年の『悪人』で、妻夫木は役者として新たなステージに立った。同作はモントリオール世界映画祭ワールド・コンペティション部門に正式出品され、相手役の深津絵里が最優秀主演女優賞を受賞している。もちろん妻夫木の演技に対する評価も高く、日本国内では、それまで純粋な青年を演じることの多かった彼の新境地に多くの観客が驚かされた。妻夫木が演じた祐一は暗い性格で話下手、淡々と仕事をし、自宅では祖父母からの頼まれごとをこなすという、平凡で抑圧された日々を送っていた。幼いころに両親がいなくなったために心に闇を抱えるようになった彼は、あるとき出会い系サイトで知り合った女性を誤って殺害してしまう。その後、深津絵里演じる佳乃と出会い、ともに逃避行に出るのだ。2人の行く先には絶望しかないのだが、その逃避行の間、ろうそくの炎のような儚いしあわせにしがみつく姿が切ない。映画終盤に彼が見せたのは本物の狂気なのか、あるいは佳乃の立場を思って計算した行動だったのか、その絶妙な演技が印象的だ。同作は釜山国際映画祭でも好評を博し、韓国、マカオ、香港、台湾などアジア各国で公開された。

 2014年に公開された『バンクーバーの朝日』では、戦前に実在したカナダの日系人野球チーム「バンクーバー朝日」で奮闘する青年・レジー笠原を演じている。バンクーバー国際映画祭でプレミア上映され、観客賞を受賞したこの作品の公開に際して、妻夫木は監督の石井裕也とともにカナダ大使館で外国人特派員協会の取材会見を行った。劇中での流暢な英語のセリフまわしから、彼は英語が話せると思われ、レセプションのときには次々と英語で話しかけられたというエピソードも披露している。同作では、あからさまな差別にさらされながら、緻密に計算されたプレーでカナダ人からも人気を獲得した「朝日」の躍進と、移民1世である父とのすれ違い、そして迫りくる戦争の影が描かれてた。妻夫木が演じた笠原は、バントと盗塁を多用するプレースタイルを思いつき、チームを導いていく。同時に野球を通してカナダ人とも交流を持ち、次第に打ち解けていくのだ。しかし彼らを待っていたのは、容赦ない戦争の影響だった。妻夫木は真面目で冷静、しかし一方で野球に対して熱い情熱を持った笠原を演じ、やはりこれまでの役柄とは違ったイメージを与える。

『パラダイス・ネクスト』(c)2019 JOINT PICTURES CO.,LTD. AND SHIMENSOKA CO.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED

 全編台湾ロケで製作された『パラダイス・ネクスト』(2019年)で妻夫木が演じた牧野も、やはり彼がこれまで演じてきた役柄とは一線を画すものだ。豊川悦司演じる島は、世間から隠れるように台湾で暮らしていた。彼は突然現れたうえに、なれなれしく接してくる牧野を訝しく思いながらも、牧野が何者かに命を狙われていると知り、ともに台湾東海岸の町・花蓮へと向かう。そこで出会ったシャオエンという女性の存在によって、2人の過去が明らかになっていく。妻夫木はこの牧野を、一見ちゃらんぽらんで得体の知れない人物として演じている。しかし彼は暗い過去を抱えており、映画終盤で見せるその落差に引き込まれる。

 こうして彼のフィルモグラフィーを振り返ってみると、実に幅広い役柄に挑戦しているのがわかる。シンクロナイズド・スイミングに情熱を傾ける男子高校生から、足の不自由な女性と恋に落ちる心優しい男、ファンタジー要素の強い本格アクション、自分の犯した罪に向き合えずにいる男など、出演作ごとに全くイメージの異なる役柄をこなしているのだ。どんな役でも演じられるその実力も、彼が国内外問わず人気俳優でありつづける理由だろう。

アジアでの人気はさらに広い世界進出の足がかりに?

 2018年、妻夫木は『唐人街探偵 TOKYO MISSION』の前作である『僕はチャイナタウンの名探偵2』に出演した。同作はニューヨークを舞台に、賞金500万ドルをかけた「世界名探偵大会」が開催されるというストーリーだ。この作品で彼は、日本からやってきた探偵・野田昊を演じている。日本人と中国人の両親を持ち、日本語、中国語、英語が話せるナルシストという役柄だ。ストーリー上とくに重要な役割を果たすわけではなく、『TOKYO MISSION』につなげるための出演だった。その時点で、この人気シリーズの3作目は妻夫木演じる野田をメインに据えることが決まっていたのだ。これはやはり彼のアジアでの人気がなせる技だろう。本作では、どんな新たな演技を見せてくれるのか期待したいところだ。

 近年では日本人俳優の海外進出、とくにハリウッド進出がこれまで以上に盛んになってきた。しかし妻夫木聡は、まずはアジアで足固めをしているようにも見える。今回の『唐人街探偵 TOKYO MISSION』が成功を収めれば、巨大な中国マーケットを狙うハリウッドもさらに彼に注目するだろう。日本だけでなく、アジア全体でこれほどの人気を博す俳優はそう多くはない。一方でハリウッドを見据えた戦略かどうかは別としても、彼がアジアのほかの国の映画に出演することは、日本の観客にとっても視野を広げるチャンスではないだろうか。欧米の作品に比べ、日本ではアジア映画への注目度はそれほど高くない。今回のように日本でも人気の俳優が積極的にアジアの映画に出演することで、観客がさらに幅広いエンターテインメントの面白さに気づけるとしたら、それは喜ばしいことだ。まずは『唐人街探偵 TOKYO MISSION』に期待しながら、今後の妻夫木聡の活躍に注目していきたい。

■瀧川かおり
映画/海外ドラマライター。東京生まれ、グラムロック育ち。幼少期から海外アニメ、海外ドラマ、映画に親しみ、10代は演劇に捧げる。趣味は編み物ほか手芸。金曜の夜に酒を飲みながら映画や海外ドラマを観るのが毎週の楽しみ。

■公開情報
『唐人街探偵 東京MISSION』
全国公開中
出演:ワン・バオチャン、リウ・ハオラン、妻夫木聡、トニー・ジャー、長澤まさみ、染谷将太、鈴木保奈美、奥田瑛二、浅野忠信、シャン・ユーシエン、三浦友和 
監督・脚本:チェン・スーチェン
提供:Open Culture Entertainment、アスミック・エース
配給:アスミック・エース
(c)WANDA MEDIA CO.,LTD. AS ONE PICTURES(BEIJING)CO.,LTD.CHINA FILM CO.,LTD “DETECTIVE CHINATOWN3”
公式サイト:detectivechinatown-movie.asmik-ace.co.jp
公式Twitter:@TGtantei_movie

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