『おちょやん』が描き続けた人間の割り切れない感情 千代の出会いと別れの人生に寄せて

『おちょやん』が描き続けた割り切れない感情

 『おちょやん』(NHK総合)の放送が始まって約半年。残すところあと1週になるが、この物語が何よりも素晴らしいのは、複雑な感情が入り混じった人間の割り切れない気持ちを丁寧に描き出しているところではないだろうか。

 5月7日放送の『あさイチ』(NHK総合)プレミアムトークのゲストは、千代を演じた杉咲花。『おちょやん』の数々の名場面が流されていた。その中でも、VTRで登場した父のテルヲ役のトータス松本が一番泣かされたと言っていたのが、テルヲ亡き後、千代が「最後に芝居見せて思いっきり笑かしたるって言うたんだす。ほんまに口先だけだしたわ。あいつ」と悔しそうに涙をこぼしながら笑顔を見せるシーンだった。

 借金しては千代に迷惑ばかりかけてきたテルヲだったが、千代を心配する岡安の人たちや家庭劇の仲間はテルヲが亡くなった直後、一平(成田凌)と千代の家に集まってくれた。一平が写したテルヲの遺影を「いい写真だ」と眺めながら、みんなで千代を囲んでテルヲとのエピソード語り合う場面には確かに愛情が溢れていた。気丈に振る舞っていた千代は、身勝手でダメな父親に最後に自分の芝居を見せて思いっきり笑わせたかったと悔しそうに、テルヲを“あいつ”呼ばわりしながらも、笑顔を見せつつ涙をこらえきれなかった。

 杉咲花も役柄として父のテルヲについて「千代にとっては唯一の絶望であり、希望」だと言っていたが、希望の前に絶望があるのも『おちょやん』らしいし、秦基博の主題歌「泣き笑いのエピソード」にもある「泣き笑い」も笑いの前に泣きがくるのも『おちょやん』に相応しいと第22週の放送を観て改めて思える。嫌いだけど嫌いになりきれない、憎いけれど憎みきれない……そんな相手がいることを『おちょやん』の世界は否定しない。

 また、杉咲花がとくに忘れられないシーンとして真っ先に挙げていたのが『おちょやん』の節目となった第13週で一平の「二代目天海天海」襲名の口上。鶴亀家庭劇がやっと一つにまとまり、一平が千代との結婚を発表した幸せに包まれる場面だった。「一人やあれへん」とお互いの孤独や悲しみを分かち合う二人の、この幸福感に満たされた時間があったからこそ、一平の裏切りが暗い影を落とす。

 一平が浮気して離縁。絶望のどん底に落ちて芝居を辞める決心をした千代が役者に復帰できたのは、継母の栗子(宮澤エマ)と姪の春子(毎田暖乃)の存在があったからだが、栗子は千代を奉公に出すように言い出した張本人で、30年以上お互い顔を合わせていなかった。

 第22週のタイトルにある「うちの大切な家族だす」は、千代が春子の行く末を案じ、「春子は正真正銘、あてとテルヲさんの血ぃ引いた子や」「せやさかい守ってやってや」と言う栗子に対して「血がつながっていようといまいと、そないなことどないでもよろしいのや。春ちゃんはうちの大切な家族だす。一生うちが守る。栗子さんも、そうやで」と千代が答えた台詞だ。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「国内ドラマシーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる