『おちょやん』が描き続けた人間の割り切れない感情 千代の出会いと別れの人生に寄せて

『おちょやん』が描き続けた割り切れない感情

 血縁関係になくてもお互いを必要として、一緒に暮らし、支え合う存在は家族以上に強い絆で結ばれることがある。ただ、離ればなれに暮らしていても、千代と同じように満月にガラス玉をかざして静かに心を浄化するようなヨシヲ(倉悠貴)がいたように、血のつながりの強さを感じさせる存在もある。どちらの関係も否定することはない。

 そして、栗子が亡くなり、仏壇の前で繰り広げられた千代と春子の会話が印象的だった。「うちとほんまの親子になれへんか。あんたを養子にしたいねん。形なんか関係あれへんかも分からへんけどな、うちはきちんと春ちゃんの……春子のお母さんになりたい」という千代に春子は少し考えてから「うん、ええで」と答えた。「せやけど、死んだお母ちゃんとお父ちゃんのことも好きなままでええ?」と聞き、「当たり前だす」という千代の言葉を聞いて安心したように「あたし、お母ちゃん(千代伯母ちゃんではなく、お母ちゃんと呼んでいる)がいてくれてよかった」と達観したような表情を見せる。栗子が死んだ後に一人残される春子を心配し、千代に守ってもらえることを望んでいたが、春子は千代に守られることだけを願っていたわけではないようだ。

 9歳で奉公に出された千代が子供なりに苦悩していたように、春子もまた家族のことや千代との関係を自分なりに考えていたのだろう。子供だから単純に親に甘えたい、守ってもらえればいいというわけではないのだ。自分が誰かを助けることで逆に救われることがあるように、登場人物それぞれが織りなすドラマはまさに前を向き、一歩を踏み出す勇気をくれる。

 千代は、女優復帰のきっかけを作ったラジオドラマ『お父さんはお人好し』の初顔合わせのときに「たったいっぺん辛いことがあったからって、それが何だすねん」「一生、芝居気張らせてもらいます!」と宣言した。脚本家の長澤誠(生瀬勝久)が盲腸で入院するなどハプニングがあっても、特別番組『1ダースのお帰りなさい』は大成功。芝居を続けられないほど辛い出来事があったから、出会えた人たちがいて、めぐり逢えた役もある。

 SNSなどではどうしても、白黒ハッキリ、好きか嫌いか、物事を簡単に判断する方法を選ぼうとしてしまうけれど、人間には良いところもあれば、ダメなところ、どうしようもない部分があって、人生は良い悪いで決めつけられないことのほうが多い。そんな人間の面倒で弱いところを描くのが『おちょやん』の最大の魅力ではないだろうか。泣けて笑えるだけでなく、許し合える関係がそこにあるから温かい気持ちになれる。次週はいよいよ千代が道頓堀を訪れることになりそうだ。千代が踏み出していく一歩、その先に何があるのか……最後まで見届けるしかない。

■池沢奈々見
恋愛ライター。コラムニスト。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『おちょやん』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:杉咲花、成田凌、篠原涼子、トータス松本、井川遥、中村鴈治郎、名倉潤、板尾創路、 星田英利、いしのようこ、宮田圭子、西川忠志、東野絢香、若葉竜也、西村和彦、映美くらら、渋谷天外、若村麻由美ほか
語り:桂吉弥
脚本:八津弘幸
制作統括:櫻井壮一、熊野律時
音楽:サキタハヂメ
演出:椰川善郎、盆子原誠ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/ochoyan/

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