“獅子の時代”から“幼な子の時代”へ 『すばらしき世界』でも名演見せた役所広司の魅力

日本映画界最高の役者、役所広司の魅力

 日本映画を代表する、ナイスミドルのナンバーワン俳優。それが俳優・役所広司のパブリックイメージだろう。先日、主演作である西川美和監督の『すばらしき世界』(2021年)が公開され、これまで以上に圧倒的な演技力を見せたことで、その評価はさらに上がっている。6月には司馬遼太郎原作、小泉堯史監督の主演作『峠 最後のサムライ』の公開が控え、円熟した演技にさらなる期待が集まっている状況だ。

 ここでは、そんな役所広司のキャリアのごく一部を過去から見直すことで、役者としての魅力や現在地を探っていきたい。

 長崎で育った広司青年は、学生時代にギターを手に入れてフォークソングの弾き語りをしていたという。東京に憧れて千代田区役所に勤め、配属された道路課で仕事をこなしていた時期、たまたま鑑賞した演劇で俳優・仲代達也の芝居を見て、その演技に魅了された。広司は、仲代が主催する演技の私塾「無名塾」の塾生オーディションに出向き、そこでの必死の演技が仲代の目にとまる。役所に勤めていたからという理由で、仲代が直々に「役所広司」という芸名を考案し、生徒として迎えることになったのである。その後、仲代との濃密な11年もの師弟関係のなかで演技を磨いた役所は無名塾を去る決断をする。

 NHK大河ドラマ『徳川家康』(1983年)で織田信長役、『三匹が斬る!』高橋英樹、春風亭小朝とともに時代劇で無頼の浪人役を演じるなど、無名塾在籍時からTVで注目されていた役所は、原田眞人監督の『KAMIKAZE TAXI』(1995年)に出演し、演技が高い評価を受けてから、映画界で快進撃を続けることになる。周防正行監督の『Shall we ダンス?』(1996年)、小栗康平監督の『眠る男』(1996年)、森田芳光監督の 『失楽園』(1997年)、カンヌ国際映画祭で作品が最高賞を受賞した、今村昌平監督の『うなぎ』(1997年)、黒沢清監督の『CURE』(1997年)と、日本を代表する監督の作品に立て続けに出演し、映画界でのキャリアを盤石のものとしていった。

『CURE』(c)KADOKAWA 1997

 役所の特徴は、大きな成功をつかみながらも、そこまでの道のりが長かったという点だろう。だから役所には、多くのスター俳優が持っているような青年時代の印象は薄く、ミドル世代からの役者というイメージが強い。だが、スターとして若くから仕事を忙しくこなす俳優の中には、演技について深く考える間もなく日々を過ごしてしまう者もいる。伝説的俳優・仲代達矢という目標を近くで見つめることができた経験と、研鑽を積む時代があったことで、役所は役者として飛躍するための下地を十分に固めることができたのではないか。脂の乗った40歳前後の90年代に大きな活躍を続ける結果が生まれたのは、偶然ではないだろう。なかでも『CURE』における、あまりにショッキングな光景を見てしまった男の反応を表現する際に、型にはまらず、しかしリアリティをも感じさせる演技で、短く叫び声を発するシーンは衝撃的だった。

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