『ワンダヴィジョン』がシットコムとして作られた意味 仕掛けられた“謎”とともに考察する
世界で猛威を振るっている、新型コロナウイルス感染症。その影響は、製作映画公開のロードマップを順調にこなしていたマーベル・スタジオにも影響を及ぼしている。新作『ブラック・ウィドウ』は、現時点で2021年春まで公開予定がずれ込み、『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年)、『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019年)によって観客の心をさらにつかむこととなったMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)作品は、そこからブランクを空けることになってしまった。そして、1年半を経てついに再開した、ファン待望のMCU作品となったのが、配信ドラマである本作『ワンダヴィジョン』である。
これまで大スケールで表現されてきたMCU最新作が、映画作品でなく配信ドラマになったということに、寂しさを覚える人も少なくないかもしれない。だが、30分の全9エピソードで構成される本作は、配信作品であるからこその特性を活かした内容で観る者を惹きつける、新しいタイプのMCU作品として、1、2、3話が配信されている現時点において、これまでのシリーズ作品以上に見応えのあるものとなっていた。
まず驚かされるのは、本作が「シットコム(シチュエーション・コメディ)」として作られているということだ。シットコムとは基本的に、いくつかの決まったセットを舞台に、コント風のドラマが繰り広げられるというもの。『アーノルド坊やは人気者』『アルフ』『フルハウス』など、家庭で起こるドラマを題材にしたものが多く、一つの定型となっている。アベンジャーズの一員でもある正義のヒーロー、スカーレット・ウィッチ(ワンダ)とヴィジョンのカップルが、そんな家庭劇の主人公としてシットコム独特の笑いを視聴者に提供するのだ。
モノクロ映像で表現される本作の1、2話は、1964年から1972年までアメリカで放送され、日本でも人気のあった、代表的なシットコム作品『奥さまは魔女』にそっくりだ。これは、他人に魔女であることを隠している主婦や、真面目な性格の夫を中心に起こる騒動やドラマをユーモラスに描いていくといった内容。たしかに、ワンダことスカーレット・ウィッチ(真紅の魔女)は強力なテレキネシス(念力)を使うことのできる女性キャラクターであり、『奥さまは魔女』のような作品の主人公になり得るはずである。
本作はシットコム作品として、かなり楽しめるものとなっている。エリザベス・オルセンが演じるワンダとポール・ベタニーが演じるヴィジョンが、それぞれに自分の能力を周囲に隠しながら、会社の上司夫婦をもてなしたり、近所のパーティーに参加することで起こる、とぼけた騒動は、多くの視聴者が考える類型的でクラシカルなシットコムのイメージでありながら、ツボを押さえた演出で何度も笑わせてくれる。
それもそのはずで、数多くのTVドラマの演出を行ってきて、『ゲーム・オブ・スローンズ』や『ザ・ボーイズ』など大ヒットシリーズのエピソードも手がけている、本作の監督マット・シャックマンは、自身の子役時代に数々のシットコム形式のホームドラマへの出演経験があり、独特の呼吸を肌で知っているのだ。本作の監督として、彼以上の存在を見つけ出すのは困難であろう。ちなみに、エリザベス・オルセンも子役として『フルハウス』に出演している。
とはいえ、MCUのシリーズは、これまで正義のヒーローが悪役(ヴィラン)と戦うアクションシーンが見どころとなっていた。本作では、ワンダとヴィジョンの能力を、上司が喉に詰まらせた食べ物を取り出したり、パーティーの余興のマジックに利用するなど、現時点ではきわめてこじんまりとした出来事にしか使用していないように見える。これまでMCU作品を楽しんできた視聴者は意外に思うことだろう。
だが、MCU作品にホームドラマが登場するのは、そこまで唐突なことではないかもしれない。なぜなら、マーベル・コミックではヴィジョンを主人公としたホームコメディ作品『ヴィジョン』が、すでに出版されているからだ。この漫画作品はヴィジョンが自ら生み出した“家族”との物語が、不穏な展開とともに描かれていく。ドラマ『ワンダヴィジョン』は、この作品や、ワンダとヴィジョンの恋の行方を描く『ヴィジョンと緋色の魔女』、ワンダが能力を暴走させてしまう『ハウス・オブ・M』ヒントに、さらに新しいドラマを創造していると思われる。