ある家族の肖像を描き、私たちの1年を総括 藤原竜也VS柄本明の“劇薬”舞台『てにあまる』の衝撃
そんな藤原を支え、迎え撃つのが演出も兼ねる柄本だ。誰もが知るクセモノ俳優であり、演劇界の巨人である。“藤原竜也VS柄本明”ーーとは先述したとおりだが、ふたりの“ズレている”掛け合いが面白い。劇中では、彼らが会うのはおよそ20年ぶりなのだという。若き経営者と、さもしい独居老人。立場が大きく異なるふたりは、価値観もまったく異なる。この相反する関係性から生まれるズレも当然あるのだが、激しやすい性格の男を演じる藤原のほとばしる熱情に対し、浮世離れした感のある老人を演じる柄本のサラリと身をかわすような芝居。このズレが面白いのだ。そうしてこのズレは、やがてほかの登場人物との間にも大きく表れてくる。
恥ずかしながら筆者は、舞台での高杉を初めて見たのだが、こんなにも素晴らしいとは知らなかった。映像作品での彼にかんしては追いかけてきたつもりだが、いま猛省している。まず、発声、滑舌……などといった、演劇に必要とされるそもそもの基礎力が非常に高いと感じた。彼が演じたのは、藤原演じる男と、佐久間演じる妻に翻弄される役どころだが、男を思い慕う真っ直ぐさと狼狽ぶりを柔軟に演じ、観客から笑いを引き出す役割も引き受けていた。筆者は劇場一階の後方席で、演者たちの細かな表情までは捉えられなかったのだが、高杉の柔軟性によって、“見えないはず”のその表情がありありと浮かんだ。
佐久間は本作が初舞台。藤原と柄本、同世代ながらも舞台経験の豊富な高杉たちのなかに飛び込んでいくのは、かなりチャレンジングな経験となったのではないだろうか。ほかの3者と並ぶと、どうしても声量などの弱さがはじめは目立ってしまっていたが、シーンが進むにつれ、とくに夫役である藤原がエキサイトし演技もヒートアップしてくると、彼女もつられてヒートアップ。佐久間は演技におけるリアクションがとてもいいのだ。今後の舞台出演への期待を抱かせるものだった。
さて、本作は家族の物語だが、それ以前に注目したいのが、コロナ禍であることを反映させた作品だということ。物語の冒頭、藤原が演じる男はマスクを着用して登場する。老人の自宅に訪れるシーンだ。ふたりは、およそ20年ぶりの再会であり、すでに室内にありながらも、男はマスクを外さない(しかも、うっかり土足で上がり込む)。これは、得体の知れない異物を遮断しつつ、自身の素顔(=本心)を隠そうとしているようにも思えた。そしてこれが、あとで効いてくる。異物(=老人)に蝕まれ、素顔を暴かれることになるのだ。
現在のコロナ禍において誰しもが、家族という小さなコミュニティや、あるいは自己という存在に向き合わざるを得ないのではないかと思う。それを舞台上で展開させているのが本作だ。ある対象に“向き合う”ことで、それまで潜んでいた問題が見えてくることがある。いまの私たちの社会がそうだ。多くの問題があちこちで浮上し続けている。この1年の出来事を、いち早く過去のものにしてしまいたい年の瀬だが、本作を観たことによって引きずることになりそうだ。そう考えると本作は、ある家族の肖像を描きながら、私たちの1年を総括するものにも思えるのだ。
あらすじの最後の方に、“これは家族をやり直そうとする物語。あるいは、家族を終わらせようとする物語。”ーーとある。ここでの主語は、いくらでも置き換えられるはずだ。それは、希望的なものであり、絶望的なものでもあるだろう。答えは観客の一人ひとりに委ねられているのだ。藤原演じる男が過剰に服用する薬が象徴的なように、それは観客である私たちにも投与されることになる。やはりおそらく、劇薬である。俳優たちにしろ、物語にしろ、まさに“手に余る”作品だ。
■折田侑駿
1990年生まれ。文筆家。主な守備範囲は、映画、演劇、俳優、服飾、酒場など。最も好きな監督は増村保造。Twitter
■公演情報
出演:藤原竜也、高杉真宙、佐久間由衣、柄本明
脚本・演出:松井周
舞台監督:幸光順平
公式サイト:https://horipro-stage.jp/stage/teniamaru2020/
公式Twitter:@teniamaru
写真撮影:宮川舞子
主催:ホリプロ/TOKYO FM
特別協賛:Sky株式会社
企画制作:ホリプロ
<東京公演>
期間:2020年12月19日(土)〜2021年1月9日(土)
(12月28日〜1月3日休み)
会場:東京芸術劇場プレイハウス
主催:ホリプロ/TOKYO FM
<大阪公演>
期間:2021年1月19日(火)〜1月24日(日)
会場:新歌舞伎座
主催:新歌舞伎座
<愛知公演>
期間:2021年1月26日(火)〜1月 27日(水)
会場:刈谷市総合文化センター大ホール
主催:メ〜テレ/メ〜テレ事業
<三島公演>
期間:2021年1月30日(土)〜31日(日)
会場:三島市民文化会館・大ホール
主催:静岡朝日テレビ/三島市民文化会館