窪田正孝の“叫び”は、藤原竜也を超える? 『東京喰種』カネキ役で見せた怪演

窪田正孝の“叫び”は、藤原竜也を超える?

 「この世界は……、間違ってる!」、窪田正孝演じるカネキ(金木研)の悲痛な叫びが響き渡る。今にも呼吸が止まってしまうのではないか……と不安にならずにはいられない。窪田の芝居には、見る者をハラハラドキドキさせる、スリリングさがあるのだ。まるで命を削るかのような迫真の芝居に、ホラー的な恐怖すら覚える。そんな窪田の怪演ぶりを初めから最後までたっぷりと堪能できるのが、7月29日に公開される映画『東京喰種 トーキョーグール』だ。

 窪田演じるカネキは、平凡な大学生だった。しかし、ある事件がキッカケで“半喰種”になってしまう。喰種とは、ヒトの姿をしながらヒトを喰らうことでしか生きながらえることができない存在。群衆に紛れて生活をしているため、ビジュアルだけではヒトと区別がつかない。そんな喰種に半分だけなってしまったカネキは、ヒトでありたい自分と喰種になってしまった自分、過去と現実の狭間で葛藤する。本作では、主にカネキが喰種になっていくまでの過程と、“飢え”と“自我”で揺れ動く様、喰種を駆逐しようとするヒト側の組織・CCG(喰種対策局)との戦いの始まりまでが描かれている。

 日に日に、ヒトならざる者へと変貌してしまう自分自身への恐怖。ヒトでありたいともがき苦しむ窪田の姿は、まさにカネキそのものであった。家にある食料すべてをぶちまけ、冷蔵庫を必死に漁るカネキ。ヒトが食す、トマトやお菓子などを次々と口に運んでは、吐き出していく。牛乳で流し込もうとするも、その牛乳すら不味すぎて体内に入れることはできない。それでも床に這いつくばり、血眼になって、何度もなんども無理やり咀嚼しようとするのだ。

 目を見開き、何かに取り憑かれたように食料を貪るカネキもとい窪田の姿は、哀れであり惨めである。同時に、鳥肌が立つほど恐ろしい。もはや“ヒト”ではないほど、狂気じみている。普段、バラエティ番組などで見られる人見知りで、可愛らしい“窪田正孝”とはまるで別人。まさにヒトの姿をした化け物である。そんな窪田を見ていると、ふと、2015年に放送されたドラマ『デスノート』(日本テレビ系)でのキラこと夜神月役を思い出す。それ以前にも窪田の出演作は何度か見てきた。しかし、『デスノート』で初めて、窪田の芝居に“恐怖”を感じたのだ。何かが憑依しているかのような、背筋がゾッとする芝居。見てはいけない何かを目の当たりにしてしまったような感覚を覚えた。

 『デスノート』と言えば、2006年に公開された藤原竜也主演の同名映画が、10年以上経った今も、根強い人気を博している。窪田と同じく夜神月役を演じた藤原は、誰よりも“絶叫”しているイメージがある俳優ではないだろうか。2000年に公開された映画『バトル・ロワイアル』で主演に抜擢されてから、2006年の『デスノート』、2009年の『カイジ 人生逆転ゲーム』、そして近年では2016年の『僕だけがいない街』、現在公開中の『22年目の告白 -私が殺人犯です-』と、とにかく大声で叫び狂う役が目立つ。誰よりも叫び続けている俳優といっても過言ではない。そんな鬼気迫る迫真の演技で、「藤原竜也が叫ぶ作品はすべて面白い」とまで囁かれている。だが、そんな藤原をも凌駕するような“叫び”を、窪田は『東京喰種 トーキョーグール』で披露しているのだ。

 悲劇のどん底に突き落とされるカネキは、とにかく叫ぶ。そのバリエーションも実に豊かで、恐怖のあまり声にならない叫びや、絶望によるお腹の底からこみ上げてくる叫び、自我を失いかけた獣のような叫び、飢えによって気が狂った叫び、悲しみゆえのか細い叫びなど、声音と表情、そして全身で思いの丈を表現する。壊れてしまいそうなほど、全身全霊で叫んでいるのだ。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる