『風の谷のナウシカ』は2020年を照らし返す作品? 宮崎駿にとっての「通過点」からの変動

『風の谷のナウシカ』は2020年を照らし返す

 高畑の批判は、当時、もっとも辛辣かつ的確なものだった。この、高畑の批判を受け止め、アニメ映画を作り続けることで宮崎は作家として円熟していった。その後、宮崎はアニメ映画制作の傍ら、漫画版『ナウシカ』全7巻(徳間書店)を12年近い歳月をかけて書き上げ、アニメ版『ナウシカ』で評価されたエコロジー思想やヒロインによる宗教的救済を自ら否定し、より深い形で「生命とは何か?」という思想を提示している。その自然観は1997年の劇場アニメ『もののけ姫』に継承され、一方、「人はどう生きるべきか?」という問いは、2013年の『風立ちぬ』に継承されている。その意味でもアニメ版『ナウシカ』は、後の宮崎駿作品を知っていると「すでに通り過ぎた場所」であり、本来なら役割を終えた作品という位置づけだった。

 しかし、新型コロナウィルスの世界的流行によって、外出の際にはマスクをつけて行動する生活様式が定着しつつある中、今までとは違う価値が『ナウシカ』に生まれつつあるのを感じる。

 今年の6月末、映画館の応援を兼ねて宮崎監督の『ナウシカ』、『もののけ姫』、『千と千尋の神隠し』、宮崎吾朗監督の『ゲド戦記』の4作のジブリ映画旧作が映画館で上映された。マスク着用で映画館で観る(腐海の瘴気を避けるためにマスクを付けて行動する)ナウシカの姿はどこか生々しく、劇中でナウシカが、墜落する飛行機の中で、混乱する城オジ(老兵)たちを鎮めるためにマスクを取る場面も全く印象が変わって見えた。皮肉な形で『ナウシカ』は、2020年の「現代を照らし返す作品」となってしまった。もしかしたら我々の世界もまた、腐海に沈みつつあるのかもしれない。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■放送情報
『風の谷のナウシカ』
日本テレビ系にて、12月25日(金)21:00〜23:24放送(※放送枠30分拡大)
原作・脚本・監督:宮崎駿
プロデューサー:高畑 勲
音楽:久石譲
声の出演:島本須美、納谷悟朗、松田洋治、永井一郎、榊原良子、家弓家正
(c)1984 Studio Ghibli・H

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