『市民ケーン』の斬新さ、トラブルの裏側とは 『Mank/マンク』を観る前に知っておきたいこと
デヴィッド・フィンチャーのこだわり
映画『セブン』『ファイト・クラブ』『ソーシャル・ネットワーク』など刺激的な作品を手がけてきた、ハリウッド気鋭の映画監督デヴィッド・フィンチャーだ。もっともフィンチャー監督の類稀な才能は、1980年代後半から90年代前半にかけてマドンナ、マイケル・ジャクソン、スティング、エアロスミス、ジョージ・マイケル、ポーラ・アブドゥルなどの様々なミュージックビデオ作品を手がけていた頃からすでに溢れていた。その中でも特に印象に残っているのは、マドンナの楽曲「オー・ファーザー(Oh Father))」のミュージックビデオだ。実はこのミュージックビデオには、『市民ケーン』や『オーソン・ウェルズのオセロ』の撮影手法を彷彿させる映像が沢山あって、フィンチャー監督自身がいかにオーソン・ウェルズ作品に影響を受けてきたかが、読み取れる。
つまり、そんな若い頃からオーソン・ウェルズに影響を受けていたフィンチャー監督が、長年温めてきた念願の企画が『Mank/マンク』なのだ。2003年に他界し、ライフ誌の支局長を務めたフィンチャー監督の実父ジャック・フィンチャーが生前に執筆した脚本を基にモノクロの映像で撮影している。本作は、もともとフィンチャー監督が映画『ゲーム』の後に制作する予定で、ケヴィン・スペイシーを主演に据え、フィンチャー監督がモノクロの撮影を望んでいたが、スタジオとの意思が合わずに頓挫した経緯があった。
『Mank/マンク』は、Red Monstrochrome 8K カメラで撮影していて、カラーフィルターがないため、より明確な解像度と強い光感度にも対応でき、こだわったモノクロ映像に最適のカメラを使用している。撮影監督は、フィンチャー監督の常連撮影監督ジェフ・クローネンウェスではなく、Netflixオリジナル『マインドハンター』を撮影したエリク・メッサーシュミットが挑戦している。そんな撮影へのこだわりは現場でも見受けられた。ハーストを演じたチャールズ・ダンスによると、ハーストがホストを務めるパーティーで、ゲイリー・オールドマンが部屋中を酔っ払って歩き回る際に、映画『市民ケーン』の草稿を思いつくシーンでは何回も撮り直し、ついにゲイリーが「デヴィッド、俺はこのシーンを100回もやったぞ!」と怒ると、フィンチャー監督は「わかっている、これが101回目だ。リセット」と返答し、撮影を続けたほどだそうだ。
さらに音響に関しても、今作ではモノラルサウンド・ミックスを使用していて、それは20世紀半ばにステレオサウンドシステムが導入される前の音響と似ている。 つまり、セリフ、音楽、その他の効果音専用の複数のサウンドトラックではなく、前述のすべてが1つのトラックとして共有させたことで、音響までも当時に近づけているそうだ。音楽は、フィンチャー監督とも何度もタッグを組んだトレント・レズナーとアッティカス・ロスが手がけ、その当時の時代に使用されていた楽器で作り上げられている。
先日フィンチャー監督は、フランスのPeremiere誌との取材で、Netflixと新たに4年間の独占契約をした際に「ピカソが描いたような仕事をしたいと思ったから」と契約理由を答え、「40年もこの仕事をしてきたが、たった10本しか撮っていないのは不思議な感じがする。(実際には)11本だが、私が作品と言えるのは10本だ」と続けていた。これは以前にフィンチャー監督が編集前に降板して、スタジオに編集されてしまった映画『エイリアン3』のことを遠回しに語っていたと言える。まるで、メディア王ウィリアム・ランドルフ・ハーストから抑圧を受けながらも、映画「市民ケーン』をオーソン・ウェルズが公開させたように、フィンチャー監督も『Mank/マンク』に自身を投影させながら、Netflixのもとでアーティストとしてより自由な表現を実現させたと言えるかもしれない。
■細木信宏/Nobuhiro Hosoki
海外での映画製作を決意し渡米。フィルムスクールに通った後、テレビ東京ニューヨーク支局の番組「ニュースモーニングサテライト」のアシスタントとして働く。現在はアメリカのプレスとして働き13年目になる。
■配信・公開情報
Netflix映画『Mank/マンク』
一部劇場にて公開中
Netflixにて独占配信中
監督:デヴィッド・フィンチャー
出演:ゲイリー・オールドマン、アマンダ・セイフライド、リリー・コリンズ、チャールズ・ダンス、タペンス・ミドルトン、トム・ペルフリー、トム・バーク
公式サイト:mank-movie.com