劇場版『鬼滅の刃』を“列車映画”の観点から読む エモーションとモーションの連動が作品の醍醐味に

劇場版『鬼滅の刃』を列車映画の観点から読む

 本作のこの特異な展開は、映画と観客との関係性を高度に表象する。

 映画は、列車が直進するように時間通りにまっすぐ進行し、観客はそれに干渉する方法は一切ない。観客にできることは、ただ黙って映画を観ることだけだ。

 主人公として観客に観られる対象だったはずの炭治郎は、煉獄と猗窩座の戦いに手を出すことができず、2人の戦いを見つめるだけになってしまう。夜明け前が一番暗いとは、『ダークナイト』のハービー・デントのセリフだが、その一日のうちで最も暗い夜明けの闇の中で、さっきまで主人公だった男が、映画館の暗闇で映画を見つめる観客のように、ただ黙って見ることしかできなくなってしまうのだ。

 この時の炭治郎の状態は、物語の主人公というより、我々と同じ「観客」に近い。この炭治郎の変化に、映画鑑賞の不自由さの魅力が詰まっている。インターネットという最新の媒体は、能動的で双方向性が特徴のメディアで、積極的に参加することで面白さを発揮する。映画館における映画は、インターネットと正反対のただ受動するだけのメディアだ。テレビのようにチャンネルを変えることも、早送りすることすら許されない。

 何もできないからこそ、炭治郎は煉獄の死が一層悔しいと感じる。観客もまた、鬼の活動リミットである朝日が早く登ることを祈ることしかできない。本作は、主人公だったキャラクターを観客とメタ的に同一化させることで、不自由であるからこそ体験可能な強烈なエモーションを観客に体験させるのだ。

 加藤幹郎氏はシンポジウムで、「映画の観客はモビリティ(運動性)を味わうためにイモビリティ(非運動性)を強いられている」と語っている(※5)。観客は黙って座っているしかない、その不自由さに魅力がある。その魅力をメタ的に伝えるきっかけを作るのが、運動の象徴である列車の脱線であるというのが大変に示唆的だ。運動していたものが、運動できなくなると同時に、主人公だった炭治郎もまた運動性を奪われた「観客」になる。

 原作者の吾峠呼世晴氏がこのエピソードを描いた時に、こうした批評性を意識したかはわからないが、様々な幸運が重なり映画として描かれることで、偶発的に大変な批評性を獲得している。

炎柱・煉獄と炎で動く蒸気機関車

 もうひとつ加えるなら、本作に登場する列車が蒸気機関車であるというのは、大正時代という歴史的背景の必然性以外に、とあるキャラクターを表象しているという点でも重要だろう。むろん、煉獄のことである。

 石炭を燃やす炎の力で動く蒸気機関車を舞台に、炎柱である煉獄の活躍が描かれるのは、物語とキャラクターが舞台と密接にかかわり作品の表現としての密度を高めている。蒸気機関車の脱線による運動の停止は、煉獄の死の暗示でもある。漫画では死にゆく煉獄と脱線した列車を一緒に描くコマはないが(週刊連載でそこまで背景を描きこむのは困難だろう)、映画ではワンショットで煉獄と列車を収めることで喪失感を二重に描きこんでいる。列車の運動の喪失と煉獄の命の喪失。本作の結末を多くの観客が知っているにもかかわらず、一層やるせない感情を抱き涙を流すのは、こうした批評性と、巧みな映像による象徴表現があるからだ。

 『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は、映画史が列車とともに刻んできた運動の快楽、モーションとエモーションの融合、そして映画と観客の関係性への批評的考察までが(半ば偶発的に)含まれた稀有な作品だ。列車が動き出す冒頭のワクワク感に始まり、朝日に照らされた、脱線して運動することのない列車と煉獄の命の喪失感で締めるこの作品は、モーション(運動)によってエモーション(情動)を描き続けた映画史に連なる見事な映画である。

引用資料

※1 Medvedkine Project(http://www.cmn.hs.h.kyoto-u.ac.jp/NO2/medvedkine/TRAIN_DB.HTM
※2 『映画とは何か』、P117、加藤幹郎、みすず書房
※3 『映画とは何か』、P124、加藤幹郎、みすず書房
※4 『映画とは何か』、P23)、加藤幹郎、みすず書房
※5 第一回シンポジウム 映画学と映画批評の未来 CineMagaziNet!(http://www.cmn.hs.h.kyoto-u.ac.jp/CMN4/sympo.files/symposium1.html

参考資料

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』公式パンフレット
『列車映画史特別講義 芸術の条件』、加藤幹郎、岩波書店
『映像という神秘と快楽 世界と触れ合うためのレッスン』、長谷正人、以文社
『映像研究』2002年3月号、P83「えっせい 列車と映画」、波多野哲朗、日本大学芸術学部映画学科刊
『交通公論』2019年6・7月号、P42「鉄道と映画 地域鉄道フォーラム2019」、交通公論社
嵐電という電車はすごく映画館に似ているんです。『嵐電』鈴木卓爾監督【Director’s Interview Vol.28】|CINEMORE(シネモア)(https://cinemore.jp/jp/news-feature/702/article_p3.html
リュミエール兄弟のアルケオロジー CineMagaziNet!(http://www.cmn.hs.h.kyoto-u.ac.jp/NO2/ARTICLES/HASE/1.HTM

※煉獄杏寿郎の「煉」は「火」に「東」が正式表記。

■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。

■公開情報
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』
全国公開中
声の出演:花江夏樹、鬼頭明里、下野紘、松岡禎丞、日野聡、平川大輔
原作:吾峠呼世晴(集英社『週刊少年ジャンプ』連載)
監督:外崎春雄
キャラクターデザイン・総作画監督:松島晃
脚本制作:ufotable
サブキャラクターデザイン:佐藤美幸、梶山庸子、菊池美花
プロップデザイン:小山将治
コンセプトアート:衛藤功二、矢中勝、樺澤侑里
撮影監督:寺尾優一
3D監督:西脇一樹
色彩設計:大前祐子
編集:神野学
音楽:梶浦由記、椎名豪
主題歌:LiSA「炎」(SACRA MUSIC)
アニメーション制作:ufotable
配給:東宝・アニプレックス
(c)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
公式サイト:https://kimetsu.com
公式Twitter:@kimetsu_off

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「映画シーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる