『エール』森山直太朗の藤堂先生は完璧なキャスティングだった 切なく響いた戦場の歌声

森山直太朗の藤堂先生は完璧だった

 戦意高揚のために作った最新の歌を藤堂先生に捧げ、それを先生が歌い、その直後に先生は……という、裕一にとって、生涯でもっとも重い経験となり、戦後の創作活動に決定的な影響を及ぼす出来事である、という点。

 演技経験はゼロではないが決して多くはない森山直太朗が朝ドラ初出演、しかも音楽に関わる役柄であるにもかかわらず、ちゃんとした歌唱シーンが一度もないまま、ドラマがここまで進んできて、まさに物語から退場しようという時に、ついに歌った、という点。

 「裕一が戦場を経験する」「藤堂先生が初めて歌う」という点において、非常に重要な意味を持つ週として描かれている。

 にしても森山直太朗、ナイスキャスティングだったんだなあ、と、つくづく思う。役柄上マストである音楽的素養。柔和だが芯の強さを感じさせるしゃべりかたや表情。優しい教師の時も、軍の隊長の時も、違和感のない佇まい。でも3度の離婚を経て「次こそは!」と息巻いていた昌子さんにまんまと捕まっちゃった、という、世慣れてない感じのかわいらしさもあり。

 森山直太朗以上に、この役にふさわしい俳優がいただろうか。いや、いない……というのは、僕が、すぐそういうことを思いがちな奴だからであって、本当に冷静にちゃんと探せば他にもいたりするんだろうけど、でも素直にそう感じる。

 あと、前述のように、役者仕事は初めてではないが決して多くもない。調べたら、2014年にフジテレビ『HERO』第2シリーズの第1回と、2020年『心の傷を癒やすということ』(NHK総合)に出ているのみだが、そのわりに、あたりまえに自然に演技ができていた、というのも大きい。

 なんであんなに慣れているんだろう。『森山直太朗 劇場公演』と銘打った、音楽と演劇を合体させた舞台(芝居のシーンとライブのシーンが交互にある)を、2005年の『森の人』以来、ライフワークとして行っているからだろうか。

 あともうひとつ。ドラマの中で正面から戦場を描くことに制作側の意地を感じた。戦争の悲惨さをちゃんと伝えたい、この重たくてしんどい気持ちを視聴者に生々しく共有してほしい、という思い。朝の番組で戦場を描いたことに拍手を送りたいと思う。「ルソン島とかそのへんで戦死したらしい」ということしかわからなくて、父方の祖父に会ったことがない者としては。やっぱり餓死か病死だったんだろうなあ、と思うたびに、どんよりした気持ちになります。

■兵庫慎司
1968年生まれ。音楽などのライター。「リアルサウンド」「CINRA NET.」「DI:GA online」「ROCKIN’ON JAPAN」「週刊SPA!」「CREA」「KAMINOGE」などに寄稿中。フラワーカンパニーズとの共著『消えぞこない メンバーチェンジなし! 活動休止なし! ヒット曲なし! のバンドが結成26年で日本武道館ワンマンにたどりつく話』(リットーミュージック)が発売中。

■放送情報
連続テレビ小説『エール』
2020年3月30日(月)~11月28日(土)予定(全120回)
※9月14日(月)より放送再開
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:窪田正孝、二階堂ふみほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/yell/

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