『純情きらり』の西島秀俊にあった強烈な求心力 戦争を真っ向から描いた攻めた朝ドラを振り返る
西島の黒目がちの瞳は、一見すると従順な忠犬のようだが、どこかものごとを斜に見ているところもあって、犬かと思って愛でているとふいに猫に変身し、すっといなくなるような、そのつかみどころのなさは離れがたい魅力である。太宰治みたいなまさにそういう人たらしを演じるにはぴったりの俳優だと思う。2020年現在は、また違う魅力があるが、2006年当時は、蒼い少年の名残りも少し感じさせつつ、大人の俳優になっていく過程のなかで、あらゆる物事の境界線上をたゆたっている最高の時期だったと思う。
連ドラ『あすなろ白書』(フジテレビ系/1993年)でブレイクした西島はその状況から背を向け、映画の世界へ向かい、北野武、犬童一心、黒沢清、塩田明彦、古厩智之、石川寛等々、才能あふれる監督たちの芸術性の高い作品に出演していた。映画が好きで、映画館をはしごしてその合間に車のなかでおにぎりを食べているという、とにかくわきめもふらずに映画に夢中である話を、『笑っていいとも』(フジテレビ系)のテレフォンショッキングでタモリに話していたのもこの頃だった(『純情きらり』終了後の暮れ。ちなみに、2006年には宮崎あおいとの共演作が『好きだ、』『海でのはなし』と続いた)。西島の映画愛の成果はアミール・ナデリ監督の『CUT』(2011年)で昇華したと考えていいだろう。以後、新たなフェーズに入り今があるように思う。
『純情きらり』ドラマガイドでは、脚本家の浅野妙子が西島に出演依頼したと明かし、その理由を長めに語っている。
「実は私、映画の世界は今、宮崎あおいと西島秀俊だと思っています。極端なことをいうと筋とか何もなくても、ふたりを撮っているだけで映画になる。しかもふたりには同質のものがあると感じるんです」
以下、まだまだ浅野のふたりへの言葉は続くが、全部は引用すまい。ふたりの精神的なものを浅野は高く評価していて、劇中、冬吾は何かと人生や創作に関していいセリフを言うし、回を増すごとに桜子との関係が深いものになっていく。
ここから少しだけネタバレするが、やがて物語は戦争の時代になって、そうすると自由に楽しむ絵や音楽など芸術や娯楽が不要のものとされ、あらゆる表現は、国のための戦争を肯定するものにされていく。そのとき桜子や冬吾はどうするか……。朝ドラにしては生々しく壮絶で、黒白はっきりさせない、いろんな色の絵の具をぐりぐり塗り重ねたような局面が次々と訪れる。抱えきれない、考えたら頭が破裂してしまいそうな出来事に、桜子と冬吾はひとつひとつ向き合っていく。浅野が信頼を寄せた宮崎と西島だからこそ、彼らを人間の極限にまで到達させたのであろう。よくここまで攻めたなあと思う、なかなかの問題作である。
※宮崎あおいの「崎」は「たつさき」が正式表記。
■木俣冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメ系ライター。単著に『みんなの朝ドラ』(講談社新書)、『ケイゾク、SPEC、カイドク』(ヴィレッジブックス)、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』(キネマ旬報社)、ノベライズ「連続テレビ小説なつぞら 上」(脚本:大森寿美男 NHK出版)、「小説嵐電」(脚本:鈴木卓爾、浅利宏 宮帯出版社)、「コンフィデンスマンJP」(脚本:古沢良太 扶桑社文庫)など、構成した本に「蜷川幸雄 身体的物語論』(徳間書店)などがある。
■放送情報
『純情きらり』
NHK総合にて、7月6日(月)より毎週月曜から金曜16:20〜16:50 1日2回ずつ放送
15分×全156回
脚本:浅野妙子
原案:津島佑子『火の山―山猿記』
音楽:大島ミチル
語り:竹下景子
出演:宮崎あおい、寺島しのぶ、西島秀俊、井川遙、福士誠治、劇団ひとり、高橋和也、松澤傑、美山加恋、村田雄浩、平田満、長谷川初範、八名信夫、戸田恵子、塩見三省、室井滋、三浦友和ほか
写真提供=NHK